<東日本大震災9年>もう一度一緒に 大川小遺族 娘の名札着け聖火走者に

2020年3月12日 02時00分

旧大川小近くの、真衣さんの遺体が見つかった場所へ向かう典行さん=11日、宮城県石巻市で

 東日本大震災から九年を迎えた十一日午後二時四十六分、愛する家族を失った遺族らは、悲しみを胸に静かな祈りをささげた。中には、津波で多くの児童らが犠牲になった宮城県石巻市の旧大川小学校で、六年生だった次女真衣さん=当時(12)=を亡くした同市の会社員鈴木典行さん(55)の姿も。鈴木さんは東京五輪・パラリンピックの聖火リレーで走者を務める。「もう一度、一緒に走りたい」。真衣さんの遺品の名札を身に着け、聖火を運ぶ。 (豊田直也)
 十一日、鈴木さんは旧大川小近くの山のふもとで花を供え、手を合わせた。「ただ九年がたっただけで、今も六年生の真衣の姿しか思い浮かべることができない」。津波にのまれた真衣さんは、この場所で土砂に埋もれていた。震災の二日後、鈴木さんが見つけて掘り出した。
 大川小では、児童百八人のうち七十四人と教職員十人が津波の犠牲になった。旧校舎は震災遺構として残されることになった。児童の遺族らは、学校側の避難のさせ方などに過失があったとして提訴。学校側の事前の対策に不備があったと認めた仙台高裁判決は昨年十月、確定した。鈴木さんは原告には加わらなかったが、語り部活動には参加。大川小で起きたことや親としての思いを、全国から訪れる学校関係者らに伝えている。
 真衣さんは地域のバスケットボールチームに所属。「明るくて、甘えん坊で、友達が多い子だったな」。鈴木さんもこのチームでコーチを務め、練習場所だった大川小の体育館でよく一緒に走った。
 国内の聖火リレーは二十六日、福島県楢葉町、広野町のサッカー施設「Jヴィレッジ」を出発。六月に岩手、宮城両県を通過する。
 鈴木さんは昨夏、聖火リレーの走者に応募した。「真衣と一緒に走りたいと思ったし、自分が走れば、大川小のことに目を向けてもらえるとも思った」という。今年六月二十日、石巻市内を走ることが決まった。走り終えたら、その足でトーチを持って大川小を訪れるつもりだ。
 「真衣をはじめ、学校で亡くなった子どもたちにトーチを見せてあげたい」

卒業式用の着物姿で震災の1週間前に撮影した鈴木真衣さんの写真=父典行さん提供

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