<東日本大震災9年>恩返しの思い 聖火に乗せ 旭の飯岡中 生徒がランナーに

2020年3月12日 02時00分

聖火リレーのコース沿いにある、津波の高さを伝えるモニュメントを見学する飯岡中生徒のランナー8人

◆「被災者として伝えていく」

 二〇一一年三月十一日の東日本大震災による津波で、甚大な被害を受けた旭市立飯岡中学校の在校生や卒業生十人が、七月の東京五輪の聖火リレーでランナーを務める。「助けてもらった人たちに、恩返しができれば」。故郷や被災者を支援してくれた人たちへの思いを聖火に乗せて走る。 (丸山将吾)
 同市飯岡地区は九年前、最大高さ七・六メートルの津波が押し寄せ、十四人が死亡(うち震災関連死一人)、二人が行方不明となった。聖火ランナーの十人のうち男女八人が飯岡中学校の在校生。現在も年二回ほど、同地区の海岸清掃活動などのボランティアに参加している。
 自宅が鮮魚店を営む一年生の伊藤百々寧(ももね)さん(13)は被災当時、四歳。津波が店を襲い、一階にあった業務用冷蔵庫が天井まで押し上げられた。商品の魚は流され、店はしばらく営業できない状態が続いたという。
 だが、地域の多くの人が店を訪ね、掃除などを手伝ってくれたという。「当時苦しい時に助けてくれた人たちに、恩返しできるような走りをしたい」。伊藤さんは述べた。
 「床が大きく揺れて、天井からドンドンと大きな音が響いていた。怖かった」。同中二年の伊藤和希さん(14)は地震が起きた当時のことをこう振り返った。津波で入居間近の同市横根地区の新居の一階部分に土砂が流れ込んだ。伊藤さんは「ランナーに選ばれたプレッシャーはあるが、被災者として伝えていく使命がある」と決意を口にした。
 今年二月下旬、同中学校のランナー八人は夛田(ただ)塁教頭(45)の引率で聖火を走るコースを下見した。「ここで走るのかあ」と、感慨深げに歩く生徒たち。途中、震災後に建てられた、到来した津波の高さ七・六メートルを示すモニュメントを見学した。夛田教頭は「語り継ぐために建てられたんだよ」と生徒たちに説明した。
 生徒たちは震災の資料や津波被害で壊れた看板の一部などを展示している市防災資料館も訪問。別の区間で聖火ランナーに選ばれている同館の戸井穣(ゆたか)館長(75)が、生徒たちに震災時の市内の様子などを解説した。戸井館長は「震災は忘れたころにやってきます。防災の意識を忘れないで」と話した。
 戸井館長が「一緒に頑張ろうね」と生徒たちに語りかけると、生徒たちは笑顔でうなずいた。生徒らのグループランナーは七月三日、飯岡地区の海岸沿い約二キロのコースを走る予定。

コースの下見をした生徒たちからは「ここで走るんだ」という声が上がった=いずれも旭市で

関連キーワード

PR情報

五輪聖火リレーの新着

記事一覧