「放送の自由」の今は 桐山桂一・論説委員が聞く

2020年3月23日 02時00分

弁護士・川端和治さん

 権力は潜在的にテレビ放送の力を自らに有利に使いたい野心を持っています。それを阻まないと放送の「自主・自律」は成り立ちません。日本のニュース番組などは政治の影響を受けやすくなっていないでしょうか。そんな問題意識で、『放送の自由』(岩波新書)を出版したばかりの川端和治弁護士に話を聞きました。
 桐山 国連特別報告者のデビット・ケイ氏が二〇一七年に国連人権理事会にある報告をしました。日本の放送メディアの独立性を強化するため、独立した監督機関を検討する必要がある、などの提案でした。どういう問題点からでしょうか。
 川端 政府が電波法七六条を、放送事業者に放送法四条違反の事案があった場合、総務相は三カ月以内の「停波」、つまり電波停止の処分ができると解釈しているからです。この制度が放送メディアの独立と自由に過剰な制約となっているととらえたわけです。同時に独立した監督機関がないと放送メディアに政府の干渉を受ける可能性が潜んでいると指摘しています。
 桐山 そこに日本の放送メディアの弱点があると見抜いているわけですね。
 川端 確かに現政権になってから放送局への行政指導の回数が増えています。また一六年には、当時の高市早苗総務相が政治的公平性を欠く放送をした放送局の「電波停止」に言及しています。一つの番組の中で公平性を欠いてもだめだと。
 NHKと民放連が自主的につくった「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会の決定第一号にはこんな趣旨の一節があります。「欧米民主主義国には政府から独立した規制機関が設置されているが、日本の場合はロシアや中国、北朝鮮と同様に放送メディアが公権力によってじかに監理監督される状態だ」と。
 桐山 驚きの表現ですね。電波の権限が絡むと、行政の影響も受けやすいでしょう。一例がかんぽ生命保険の不正販売問題です。NHKの「クローズアップ現代+(プラス)」では一昨年に、その問題を番組で扱っていました。第二弾の放送が予定されていたのに遅れました。
 かんぽの親会社である日本郵政側からの抗議があったのですね。そこの上級副社長(当時)は元総務省の事務次官。電波行政を扱う役所ですね。抗議のためか、NHKの経営委員会がNHK会長を厳重注意するという奇妙な結果になりました。
 川端 NHK経営委員会は執行部を監督できますが、会長を厳重注意したなら、その議決があるはずで、その議事録は放送法で公表が義務付けられています。それが一年もたってから議事録ではなく議事経過なるものを公表したのですから…。おかしな出来事でした。
 経営委員会の人事は両院の同意が必要で、もともとは野党も賛成する人を選んでいました。しかし、「安倍一強」の政治情勢の中では自分好みで、自分の意思を反映してくれる人を選んでいるようです。この経営委員会が会長を任命するので「政権が右というなら、左というわけにはいかない」という会長もでたわけですから。
 桐山 放送と権力との関係は昔からですね。ドイツのナチスがそうですね。ラジオ放送でナチ思想や政策を国民に浸透させました。放送への政治干渉という忌まわしい歴史の教訓です。
 川端 日本でも軍事用として電波が使われ、太平洋戦争下ではあらゆる戦争の報道が大本営に統括されます。戦果の捏造(ねつぞう)が行われ、放送は戦意高揚のプロパガンダの手段となりました。
 桐山 権力には放送の力が有効だったかが分かります。戦後にできた放送法の理念はどうだったのでしょう。
 川端 政府首脳や官僚に戦中の放送に対する反省がありました。占領軍は軍国主義体制や封建思想を除去するため、ラジオ放送を使います。実はこのときも検閲があったのです。一九四七年に新憲法が施行されたとき連合国軍総司令部(GHQ)が当時の逓信省と日本放送協会に放送法案の根本原則を伝えました。放送の自由、不偏不党、政府から独立した機関による監督などの重要な原則です。
 川端 五〇年に成立した放送法は、国会で政府案が修正され「公安を害しないこと、政治的に公平であること、報道は事実を曲げないですること、意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」-。この四原則をもってNHKも民間放送も規律することになります。この番組編集準則は後に「公安」の部分が「公安及び善良な風俗を害しないこと」に変わっています。
 桐山 放送法四条ですね。問題はこの番組編集準則が放送事業者に対する法的義務であるかのように政治家が認識していることです。
 川端 放送法の五九年改正当時、田中角栄郵政相は「準則および番組審議機関を設けて、放送事業者の自律によって番組の適正をはかる」と答弁しています。「その順守は公衆の批判に任せる」とも。つまり番組編集準則は自主的・自律的に考慮すべき指標ではありますが、法的義務でないことが明確になりました。放送事業者の自主的責務である倫理規定なのです。
 桐山 「政治的に公平」という意味も常に両論併記で、それぞれ平等な時間を配分するということでもありませんね。
 川端 与党の政策評価や野党の主張についての議論を公正に伝えることは、たとえその結果が一方に有利に働いたとしても、公平性や中立性を害したことにはなりません。与党と野党の主張を単に並列しただけでは、有権者が問題を理解したうえで選択するための材料を与えたことにもなりません。時間の量的平等を言うのでもありません。
 桐山 放送法の他に電波法があり、この運用権限は総務相が握ることになっています。これが現在の「放送の自由」の問題につながっていますね。
 川端 放送法四条に違反した場合、電波法の定める「停波処分」の対象になるかという問題ですが、実は立法当時はそういうつもりはなかったのです。立法担当者の回想などにもありません。四条の番組編集準則は倫理規定として立法されたのですから、停波という処分はありえません。しかし「椿発言」問題が起きたとき、政府は解釈を変更して「準則違反があれば電波法による停波処分の対象となる」と明言したのです。
 準則にいう「善良な風俗」も「政治的に公平」もあいまいな規定ですから、政府が何を意味するのかをきめて強制できるということになれば、放送の自由が危機に陥ります。特に報道が「事実を曲げた」かどうかを政府が判断できるというのでは、報道の自由はないに等しいでしょう。
 桐山 倫理規定と考えないと憲法問題にもなりえます。
 川端 番組内容を政府の意向に沿って変更できてはいけません。法的強制力をもっているとするならば「表現の自由」を侵害する違憲の規定でしょう。多くの学説も政府によって準則が強制されるものでないと解しています。
 <かわばた・よしはる> 1945年、北海道生まれ。東京大法学部卒。第二東京弁護士会会長、日弁連副会長を歴任。2007年から18年までBPO放送倫理検証委員会委員長。放送倫理を放送界に定着させた功績が認められ「第9回志賀信夫賞」受賞。近著に『放送の自由』(岩波新書)。
 <「椿発言」問題> 1993年の総選挙で自民党が過半数割れをし、「55年体制」が崩壊した。このときテレビ朝日の椿貞良報道局長が「非自民党政権が生まれるように報道せよと指示した」と発言したと新聞報道され、政治的公平に反すると問題になった。

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