「復興五輪」の光と影

2020年3月9日 02時00分
 東日本大震災から、もうすぐ丸九年になる。折しも今年は、「復興五輪」と位置付けられた東京五輪・パラリンピックが開かれる。復興五輪の現状はどうか。その光と影を考えた。
 <復興五輪> 2015年に決定された東京五輪・パラリンピックの準備、運営に関する施策の基本方針に盛り込まれたキーワードの一つ。被災地との連携と、復興の世界への発信を進めるとした。その一環として、聖火リレーの出発地点は福島県のサッカー・ナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」に決定。一部の競技が被災地で行われる。

◆心の再生、つながるか 地域活動家・小松理虔さん

小松理虔さん

 個人的には、東京五輪は楽しみです。でも、僕の周りではあまり話題になっていません。身近にいる建設業の友人が、五輪関連の仕事で連日忙しい、という話ぐらい。五輪の恩恵とも、負担とも言えますね。
 そもそも、復興と五輪はどう結びつくのでしょう。確かにスポーツの真剣勝負は人々の心を再生させる力がある。でも、それは結果です。勇気を与えるため、心を一つにするための五輪と考えるのは本末転倒です。
 五輪はあたかも「復興の総仕上げ事業」のようです。新国立競技場の建設では、労働者をかき集め、被災地の木材だけでなく熱帯林を伐採した木材も使われた。国家プロジェクトの五輪のために、何かがないがしろにされていないでしょうか。
 そう考えるのは、まさに復興では、人々の心がないがしろにされてきたからです。復興は、そこに生きる人々が再生することのはずですが、高台移転や防潮堤は「これで復興しましたよ」と、トップダウンで進められてきた。復興と五輪は悪い部分で似ているかもしれません。
 復興という言葉には常に疑いの目を持っています。ゴールに向かって一体感を醸成する、強い言葉です。五輪に期限を合わせて被災地の良いところを見せるために人々を動員している。五輪招致の際は、被災地がだしに使われた、とも思います。
 五輪は一過性のお祭り騒ぎですが、人々の関心は集まる。「復興五輪」と言うのなら、課題解決の術を考えられるよう、光と影の両面を見せるチャンネルをつくってほしい。例えば、福島あづま球場(福島市)に五輪の野球を見に来た人が、レンタカーで帰還困難区域を通過してみるとか、福島の魚のおいしさを味わってもらうとか。多くの人に現実の風景を見てもらい、課題をともに考える「復興五輪」なら賛成できます。
 良いところだけ見せようとしても、その思惑を超えていくのが観光客です。当事者でも専門家でもない、興味本位だからこそ、意外なものを発見し、学ぶことがある。大量のフレコンバッグが並ぶ光景は、汚染の象徴であり、それだけ除染作業が進んだ証拠でもある。「復興」で失われたものを忘れず、光と影を背負って生きていくしかない。なぜ、こんなにも福島は語りにくいのか。それを考えるきっかけに五輪がなればと思います。
 (聞き手・谷岡聖史)
 <こまつ・りけん> 1979年、福島県生まれ。故郷いわき市小名浜を拠点に、福島第一原発沖の海洋調査、食やアートを通じた地域づくり活動を行う。著書『新復興論』で大仏次郎論壇賞。

◆世界の課題に提案を 陸上元五輪代表・為末大さん

為末大さん

 アマチュア選手にとって五輪は、最大の目標であり、最高の舞台です。今回は自国開催なので、結果を出せばスーパーヒーローです。ただ、得られるものの大きさとプレッシャーは比例します。特に、国を背負ってメダルを取りにいくような選手たちには、相当なプレッシャーがかかるでしょう。
 五輪には世界中から多くのメディアが集まります。日本の復興を発信する効果はあると思います。しかし、選手たちには競技以外のことを考える余裕はありません。中には、自分が頑張って被災地の人を勇気づけたいと思う選手がいるかもしれません。でも、大会中は競技に集中してほしい。悔いを残さないよう、自分のため、好きなように五輪に挑んでください。
 大会後は多くの選手が引退するでしょう。五輪のおかげで、引退するはずの選手が現役を続けられた面もあります。金銭的サポートが得られたからです。大会が終われば、状況は一変します。引退した選手は、必ずしも幸せな人生を送れるわけではありません。彼らのセカンドキャリアを支援することも大切になってきます。
 世界における五輪への期待の仕方は変わってきているような気がします。メダルの数を一番の目標に挙げる国は少なくなっています。メダル獲得数を競ったのは、一九七〇~八〇年代の東西冷戦時代です。東京五輪に期待されているのは、世界に向けて日本がどんなコンセプトを提示してくれるのかということではないでしょうか。
 東日本大震災からの復興は、日本にとっては重要な課題です。ただ、世界の課題ではありません。復興をテーマにするなら、オーストラリアの森林火災など世界各地で起きている災害も踏まえて、日本は災害にどう対応したか、その事例を紹介しますということにすれば国際的に受け入れられるはずです。
 五輪は、各国が自分たちの価値観やビジョンを示す場。そういう考え方が国際社会の主流です。グローバルな課題に対し、解決策を提案する場です。今の世界の最大の課題は分断でありその原因は不寛容だと私は考えています。日本に問題がないとは言えませんが、分断が深刻化はしていない。日本にはまだ寛容さがあるからです。そういう日本の姿を世界に発信する五輪になってほしいと思います。
 (聞き手・越智俊至)
 <ためすえ・だい> 1978年、広島県生まれ。2000年のシドニー五輪から3大会連続で五輪出場。400メートルハードル日本記録保持者。12年に引退。現在はアジアの陸上選手の指導などに当たる。

◆福島の現実、遠い感動 立命館大准教授・丹波史紀さん

丹波史紀さん

 五年ぐらい前、「復興五輪と言うなら、聖火リレーを福島からスタートさせるべきだ」と言ったことがあります。それが現実になってしまった。驚くとともに複雑な気持ちになりました。
 その発言に込めた思いは、五輪では福島の光も影もきちんと発信してほしいということでした。でないと福島が感動ポルノ(感動という快感を与えるためだけの物語)として消費されてしまうと思ったからです。
 しかし、安倍晋三首相は一月の施政方針演説で、五輪について「日本全体が力を合わせて、世界中に感動を与える最高の大会とする。そして、そこから、国民一丸となって新しい時代へと、皆さん、共に踏み出していこうではありませんか」と述べました。被災地は「感動」に向けた「国民一丸」という同調圧力の材料にすぎないのでしょうか。
 原子力災害の福島県の現実はどうか。私たちの研究グループは震災後、二回にわたり同県双葉郡の住民への大規模調査を実施しました。二〇一七年二月に行った二回目の調査では、生産年齢人口(十五~六十四歳)の三割超が無職。若い二十、三十代でも二割以上が無職でした。
 原因としては、避難指示がいつ解除されるか先が見通せないこと、避難先を転々としている人が少なくないことなどがあります。故郷に戻らずに避難先で新しく仕事を始めるか、戻るのを期待して待つか。一歩を踏み出す決断がしにくい。被災者は宙づりの状態にあるのです。
 国は「復旧復興が進んだ」と盛んに言います。もちろん、福島の人たちも消極的なことばかりを発信したいわけではない。改善しているところや頑張っているところを理解してもらいたいと思っています。
 しかし、地域の現実を見れば多くの課題が残っています。被災者の思いを代弁すれば、「復興五輪」の名の下にばら色の社会の姿を描きだされても違和感しかありません。五輪はあまりに遠い存在であって、そこに自分たちはいるんだろうか。
 新型コロナウイルスが大きな課題になっています。「一度決めたことだから」とせず、五輪を一年延期するぐらいの勇気があってもいいのではないか。原子力災害では亡くならなくても良かった命がたくさんありました。「同調圧力」にくみしないことが必要という教訓を与えてくれたことを思い起こすときです。
 (聞き手・大森雅弥)
 <たんば・ふみのり> 1973年、愛知県生まれ。専門は社会政策、社会福祉。福島大准教授を経て2017年4月から現職。近著に『ふくしま原子力災害からの複線型復興』(編著、ミネルヴァ書房)。

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