「平成の大合併」から10年 いま市町村は

2020年3月2日 02時00分
 「平成の大合併」が終わってから今月末で丸十年。国が推し進めた大合併で市町村数は半数近くに減り、各自治体の財政基盤は強化された。一方で、規模の大きい隣接自治体に吸収され、埋没してしまった町や村も。大合併がもたらしたものは?
 <平成の大合併> 合併特例法の改正に伴い1999年4月から始まり2010年3月まで11年間にわたって続いた市町村合併。この間、全国の市町村数は3232から1727に減った。合併形態は、新設(対等)合併と編入(吸収)合併があり、規模に差がある場合は主に編入合併の形が取られた。長野県山口村が岐阜県中津川市に編入する越県合併もあった。大合併の結果、岐阜県高山市が面積2177・61平方キロメートルで全国最大の市に。

◆住民自治の精神貫く 富山県舟橋村長・金森勝雄さん

金森勝雄さん

 富山県舟橋村は面積三・四七平方キロメートルで、日本一小さな自治体です。市町村合併が進む中、舟橋村は合併しなかったので、二〇〇六年に日本一小さいという大きな「冠」をいただきました。全国に約千七百の市町村がある中での一番ですから、誇りに思います。
 昭和の初めから終戦後まで村長を務めた稲田健治さんは「舟橋村は日本のモナコになる」と宣言し、合併に反対しました。日本に地方自治の概念が広がる前から住民自治の重要性を強調した人です。合併の弊害については、こんな例え話をしていました。池の真ん中に石を投げる。中心から波紋が広がるが、端っこになった舟橋村に恩恵が及ぶには時間がかかる。
 合併を選ばなかった理由の一つは教育です。村には小学校、中学校が一校ずつあります。合併したら学校は統合され、なくなってしまうのではないか。強い危機感がありました。
 村内には富山地方鉄道の駅があります。稲田さんが村長だった一九三一年の開通です。彼は私有地を提供するなど誘致に尽力しました。平成に入ってからは上下水道やデイサービスセンター、特別養護老人ホームなどインフラ整備が進みました。ホールや入浴施設を備えた舟橋会館、駅舎と一体化し、蔵書九万冊の図書館も開館しました。施設も整い、合併するメリットがなかったとも言えます。
 平成の初めには約千四百人だった村の人口は今、三千百人を超えました。八九年から始めた宅地造成の成果です。富山駅から電車で約十五分という利便性に加え、子育てや教育の環境が整っていることが人気を呼んで子育て世代が転入し、人口倍増につながりました。
 舟橋は教育の村です。学校は特別支援学級にも対応でき、エアコンやエレベーターなどハード面も充実しています。隣接する小・中学校では一貫教育を行い、富山YMCA福祉会が運営する認定こども園では二歳児から英会話を学んでいます。
 今後の課題としては、まずは人口の維持です。人口構成の問題もあります。基幹産業である農業をいかに進化させていくかも課題です。情報技術(IT)を活用し、農業を近代化させる必要があります。行政と村民が一体となり、住んでよかったと思ってもらえる村づくりに努めていきます。
 (聞き手・越智俊至)
 <かなもり・かつお> 1943年、富山県舟橋村生まれ。63年、同村役場に入庁。住民課長、総務課長、助役を経て2005年から現職。現在4期目。富山県町村会長。同村は北陸3県で唯一の村。

◆行政の効率化進まず 人口減少対策総合研究所理事長・河合雅司さん

河合雅司さん

 平成の大合併は大失敗でした。そもそも、初めにボタンの掛け違えがありました。人口が減ることが明らかな中、自治体の規模を大きくすることで人口問題の何が解決するというのでしょうか? 相変わらず、量的拡大、面的拡大で人口を増やし、それに見合ったいろいろな施設を造れれば豊かだという発想にとらわれていたのだと思います。
 それは企業の合併とは明らかに違います。企業の場合は効率化に進みますが、地方自治は面積が大きくなったからといって行政サービスは減らせない。実際には効率化どころか、合併前に起債による駆け込み事業が相次ぎ、合併後もハコモノが増えてしまいました。
 巨大になった町はどうなったか。人口減少が進んでいます。面積が広がり、住民は高齢化。サービスの需要は高まるばかりなのに、人口減で職員の確保は難しくなる一方です。
 本当に必要なのは、戦略的に縮むことでした。拡大路線に走った結果、たたむ費用さえ工面できなくなってしまった。この十年、十五年、何をやってきたのかと言わざるを得ません。
 総務省は今、地方制度について「圏域」ということを言いだしています。自治体同士が連帯して行政機能を分かち合うことは間違っていませんが、大合併の失敗を総括しないと二の舞いになるでしょう。
 地方はどうあるべきか。理想は、田中角栄内閣が打ちだした「国土の均衡ある発展」です。だが、人口減がもはやそれを許さない。「均衡」ではなく、発展させるべき所を選んで資源を集中する「拠点」をつくるしかない。具体的には、コンパクトシティー、町の集約化です。
 誤解が多いのですが、「コンパクト」は単に「人を集める」ことではありません。働く世代が減っていく中、自助と共助を組み込まないと世の中が回っていかない。そのためにはバラバラに住んでいては難しい。つまり、集まったうえでコミュニティーをつくることが重要なのです。
 もう市町村という枠組みにこだわらなくてもいいのではないか。均衡ある発展はベストなんですが、これから人口が激減するという現実を見なければならない。拠点に集まる人たちが、それぞれの役割を担い、地域のルールを決めていく。問題があれば国や都道府県が補完する。これこそが本当の自治なのかもしれません。(聞き手・大森雅弥)
 <かわい・まさし> 1963年、愛知県生まれ。産経新聞論説委員を経て現職。『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)がベストセラーに。『2020年代の日本』(同社)が今月刊行予定。

◆自分たちに誇り持て 九州大教授・嶋田暁文さん

嶋田暁文さん

 平成の大合併は、この国土で人が住む限界である「居住前線」の縮小だったと捉えています。人口減少で財政改革を迫られる中、国は非効率な部分である周辺部を切り捨てたい。そこの政治的代表の声が大きいと反対されるので、全体の一部にしてしまおう。大合併はその手段です。こうして隠微な形で周辺部は閉じられ、「声の封殺」と問題状況の「見えぬ化」が進みました。
 合併が打ち止めになったころから「定住自立圏構想」や「連携中枢都市圏構想」が出てきました。総務省に設置された「自治体戦略2040構想研究会」は圏域行政のスタンダード化の方向を打ち出しています。自治体単位で考えていたものを圏域単位にしようというもの。ネットワーク化は悪いことではありませんが、中心部への集中がますます進むことになるでしょう。事実上の合併と変わらなくなり、小さい自治体の声はさらに届かなくなる。
 そして次に来るのが道州制。都道府県よりも広域の行政単位に権限を集中させれば、新たな集権だと批判されかねない。これを回避するには市町村に幅広い権限を移譲する必要がありますが、人口二十万~三十万人でないと受け皿になり得ない。だから道州制になれば、もう一回合併が行われる可能性が高い。これが日本社会の在り方にとって好ましいのか。私はいびつな形の国土発展や「待つ・我慢する・助け合う」という日本人の心の喪失につながると思います。
 大合併から圏域行政、道州制という流れは、居住前線の縮小を摩擦なく粛々と進める「統治の技術」だと思っています。実は、旧自治省内には統治を重視する考え方と自治を重視する考え方の両方が存在してきましたが、今は前者が支配的です。
 統治の考え方は全国の隅々に行政サービスを行き届かせるシステムを構築することを重視します。そのためには自治体のリストラが必要だと。しかし、小さな自治体への交付金や補助金はたいした額ではありません。カットしても国の財政状況に大きな変化はないのに、改革の象徴として切り捨てようとする。
 自治体自身にも問題があります。誇りを失った自治体は国に言われるがままで、自分ごととして十分に捉えていません。自治とは蓄積です。守りたいと思えるものがあるかどうか。住民一人一人も問われているのです。 (聞き手・大森雅弥)
 <しまだ・あきふみ> 1973年、島根県生まれ。専門は行政学・地方自治論。『みんなが幸せになるための公務員の働き方』(単著)、『自治制度の抜本的改革』(共編著)など著書多数。

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