高島平ビールできました! 「街の名物を」 地元有志の活動実る

2020年5月27日 09時06分

高島平ビールを手にする若松屋酒店の小林健太さん=板橋区で

 板橋区高島平に生まれた新名物「高島平ビール」をご存じ? 「人と街をつなぎ、地域の魅力を向上させたい」と、若者たちが昨年十二月に開発、「高島平」を冠した商品として地元で話題になっている。今はコロナ禍でイベントなどができないが、事態が収束し、「乾杯!」できる日をプロジェクトメンバーらは心待ちにしている。

地元を応援するために開発された高島平ビール

 栓抜きで王冠を抜くと、華やかな香りが漂った。果物みたいな甘みと、ホップのさわやかな苦味が絶妙なバランスだ。瓶のラベルデザインは、ピンクや黄色のパステルカラーを基調に、団地や花火大会、ガスタンクなど、高島平を象徴するモチーフが並ぶ。眺めるだけでわくわくさせられる。
 プロジェクト発起人の小林健太さん(38)は、「土産にしたとき、高島平の話ができるデザインです。地元の力が集結し、まさに作りたかった商品」と胸を張る。「高島平」と名が付く初めての商品として、商標登録も出願中という。
 高度経済成長を受けてベッドタウンとして開発された高島平。現在は、団地を出て家を構える若者も少なくなく、高齢化や建物の老朽化が進む。この地で生まれ育った小林さん。子どものころにぎわっていた商店はなくなり、病院や福祉施設といった高齢者向けの建物が増えていく様子に、「地元を盛り上げたい」と思いを膨らませてきた。
 三年前に脱サラし、実家の「若松屋酒店」で働き出すと、さらに危機感がつのった。「住民が地元で消費をしないから、店やサービスが育っていかない」。土産物が乏しいと、特産品開発を心に決めた。着目したのは、多くの人に親しみやすいビールだ。
 地元で活動する主に三十、四十代の飲食店主やイラストレーター、バーテンダー、ソムリエら十人ほどとプロジェクトチームを結成し、二〇一九年に活動を本格的に開始。各地から取り寄せた四十種類ものビールを試飲し、それぞれの知見から議論を繰り返した。「住民が繰り返し飲める味わいに」と方向性を固め、静岡県の醸造所「ベアードブルーイング」に委託を決めた。

高島平ビールをつくるベアードブルーイングの醸造所=静岡県で(小林健太さん提供)

 ビールは発売されると、用意していた千二百本が最初の二日で完売するほど人気を集めた。「遠くに住む家族に送る」「高島平が大好きだった天国のお父さんの法事で出す」といった声も寄せられたという。飲食店など高島平の二十三店、近隣三店で提供している。
 ビールを通じたイベントなども企画していたところに、新型コロナウイルスの感染が拡大。若松屋酒店も、飲食店への提供がなくなり、各店の窮状も聞こえてくるように。
 苦境に立つ地元経済を応援しようと、チームはクラウドファンディングを始めた。若松屋や地元の飲食店、ライブバーなど八店が参加し、協力者はこの中から寄付先を選べる仕組み。リターンには各店のお食事券や高島平ビールを用意した。クラウドファンディング専用サイト「キャンプファイヤー」のページでは、各店の魅力を伝える記事も掲載。小林さんは「感染収束後には、高島平でビールを楽しんで」と呼び掛けている。
 クラウドファンディングは今月三十日まで。高島平ビールは一本三百三十ミリリットルで、若松屋酒店などでは五百五十円で販売している。

若松屋酒店の冷蔵ケースに並ぶ高島平ビール


◆板橋区高島平

高島平団地などがある板橋区高島平=本社ヘリ「あさづる」から

 1〜9丁目の人口は約5万2000人。日本最大級のマンモス団地や分譲住宅地、商店街、大規模工場などが広がる。もともとは穀倉地だったが、高度経済成長期の住宅不足を受けて高島平団地が建設され、1972年に入居が始まった。高齢化が進み、高島平地域センター管内の65歳以上の高齢者割合は31.4%、区平均(24.1%)を上回る。町名は、江戸後期にこの地で日本初の洋式砲術の演習を行った砲術家・高島秋帆(しゅうはん)から。

2022年、入居開始から50年を迎える高島平団地


  文・中村真暁/写真・淡路久喜、坂本亜由理
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