はらだ有彩 東京23話 北区 落語「花見の仇討」

2020年5月27日 16時06分

古典の人情噺を現代版にリブートする話題作。イラストやテキスタイルデザインも手がける多彩な作家、はらだ有彩さんが、古典の人情噺を元に、現代版としてリブートする話題の新感覚ショートショート。 東京23区を舞台に繰り広げられる人情噺を、軽やかなタッチで描き下ろします。

飛べ!
飛べ!
ほら、飛んでみろ!今ここで!
金森は春が嫌いだ。生命という生命の、細胞という細胞がいっせいに稼働し、急き立てる。さあ、俺たちはこんなにも確かに生きている。お前は何をしたんだ?もちろん、薄明るい期限が来たことを心から喜べるだろう?
金森は桜も嫌いだ。花が顔に見えるのだ。枝にほろほろと連なった連中が全員こちらを向いていて、花芯の目にじっと見つめられているような気がする。ほのかに紅潮した白い顔たちが熱っぽく揺れながら口々に囁く。
――飛べ!飛べ!飛んでみろ!!
息を吸って初めて、金森はさっきから「飛べ」と叫んでいるのが花ではなく自分だと気づいた。ライブの最中だった。汗をかきすぎて頭がくらくらする。飛べ、飛べ、と煽ると、満員と言えなくもない、あまりやる気のない観客たちははにかみながらジャンプしてくれた。その緩慢な跳躍を最初から知っていたようにタイミングを合わせ、金森も強く足を踏み込む。
飛べた。まだ飛べた。きゃあ、と誰かが叫んだ。
「……だからさあ、散った花弁が歩道の隅で吹き溜まりになるじゃん、で、それが何かに似てるなあって思ってたわけ、で、俺分かったんだけど」
「ロッコー君、僕、その話、三回は聞いた。桜でんぶに似てるって思ったんだろ」
「そう!でも桜でんぶって、そもそも元ネタが桜じゃん、もっと他に、うまい例え方があるはずなのよ」
「わかった、わかったから、撤収して、あんたが一番荷物多いんだから」
青いベースケースを抱えた吉田弟がはしゃぐロッコーをたしなめるのを、金森は煙草を吸いながら眺めていた。吉田弟はバンドメンバー最年少だというのに一番大人らしく、いつも真っ先に荷物を片付け終える。弟というのはもちろんニックネームで、兄がいるから弟なのである。その片割れの吉田兄はステージ衣装も脱がずにパイプ椅子に逆さまに座ってうとうとしている。多分、もう五分もすれば弟がギターを回収し始めるだろう。
狭い控え室に金森のくちびるから漏れた煙が立ち込める。うす、うーすと言いながら他の出演者たちが裏口を出ていく。お前ら撤収できてなさすぎだろ。怒られるぞお。いや僕は終わってんすわ。通りすがりに吉田弟を揶揄っていくのは馴染みの対バンの面々だ。
馴染みの小さいライブハウス、馴染みの自主企画でも、人はそこそこ入る。金森は煙草を押しつぶし、自分もうす、うーすと言いながら肌寒い夜へ躍り出た。汗を吸ったTシャツがすうっと冷える。これまた馴染みの、ライブハウスから徒歩20秒の居酒屋へ全員が向かう。いつのように明け方まで粘る。ときどき常連の観客がついて来る。薄い酒が回し飲みされ、水っぽい枝豆が空になる。
その繰り返しだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
自分たちはもしかして想像していたより遠くへ行けてしまうかもしれない、と思った瞬間が金森にはあった。
高校生の頃にロッコーとともに在籍していたバンドは卒業と同時に空中分解したが、金森はロッコーと二人でいればそこが自分たちの集団たりうると思っていたので、あまり困らなかった。とはいえギターボーカルとドラムだけでは方向性が限られる。さしあたりメンバーを補充する必要があった。
十条の古い商店街で金森とロッコーは育った。大学へ進学した金森と、実家の菓子店を継ぐために専門学校へ進んだロッコーは近場のレンタルスタジオに入り浸り、同じくスタジオに出入りしていた吉田弟(当時まだ高校三年生だった)を人当たりのいいロッコーが捕まえた。そのうち兄もついて来るようになり、どうやら兄の方はギターをやっているらしい、何だよ早く言えよ、ということで四人の体裁が整った。乗り合いタクシーのようなメンバー構成にもかかわらず、彼らは案外息が合っていた。ロッコーは吉田弟をかわいがっていたし、吉田兄の遠慮のないところが金森は好きだった。曲だって作った。ライブハウスに随分良くしてもらったおかげで、対バンでなら毎回動員も悪くなかった。楽しかったのだ。楽しくやっていくことができればそれでいいと思っていた。
一年前の春は大阪遠征に湧いていたし、その前の春はミニアルバムを出すのだと張り切っていた。そしてその前の、最初の春には結成の晴れがましいエネルギーに包まれていた。にもかかわらず、ずっと前から春が嫌いだったような気がする。
心当たりは充分すぎるほどあった。たぶん、微かな夢が頬を掠っていったことで軌道が狂ったのだ。
去年の秋、レコード会社に就職した先輩のつてでコンペの話が持ち上がった。アニメ化される人気漫画のエンディング曲を決めるためのコンペで、金森たちにはうますぎる話だった。まあまあ人気のあるオリジナル曲をアニメの内容に合わせて書き換えて提出し、そして、全員が薄々分かっていた結果となった。実際にはコンペとは名ばかりの出来レースで、結局、知らないうちに有名なJ-POP風ロックバンドが歌うことに決まったらしい。返事を待っている間に、金森は四回生になっていた。
吉田兄、こと吉田義典は面白ければ何でもよかった。一浪、一留、一休学したために学業はほとんど弟に追いつかれていたが、幸い、放任主義の両親は息子の好きにさせてくれた。子供のころからルールに従ったり同じ場所に通い詰めることが好きになれず、社会生活には馴染めそうもなかったが、大抵の問題は弟の義雄か、彼の世話を焼きたがる男たちや女たちが何とかしてくれた。彼は金森が自分の思うままにギターを弾かせてくれるところと、歌が割と上手いところが気に入っていた。ロッコーと弟のウマが合っているのも居心地がよかった。
吉田弟、こと吉田義雄は正直、ちょっと厳しいのではないか、と思っていた。コンペが流れてからというもの、バンドの雰囲気が明らかに盛り下がっている。正確にはバンドの雰囲気ではなく、金森とロッコーだ。金森が微かに萎えていることを隠し通せず、ロッコーがそれを気遣っていることを隠し通せない。まだ三回生の吉田弟には時間がたっぷりあった。大学のサークルにはめぼしいやつも何人かいる。同時に、水位は着実に目減りしているようにも見えた。気の早い同級生は夏のインターンシップに向けて露骨にそわそわし始めていた。兄はどうせ暇をぶらさげて歩いているような人間だから、誘えばついて来るだろう。ただし兄を連れてバンドを抜ければメンバーの半分がいなくなることになる。温かい迷いが吉田弟を
布団のように包んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「だからさ、目立ってなんぼなんだって」金森が勢いよくソーダを啜り、勢いよくグラスをテーブルに置いて言った。
「俺ら地味だもんな」
「四人中二人は同じ顔だしな」
「失礼だな、良いお顔だろうが」
「良い、と地味、は共存するんじゃないの」
「起きてる方が弟、寝てる方が兄ってことしか分からん」
「僕の特徴、起きてることだけかよ」
馴染みのスタジオから徒歩20秒の、馴染みの喫茶店での会議は難航を極めていた。誰も金森が真面目な話をしていると思わず、今日は遊んで良い日だと認識していたのだ。
なにしろ、その日金森が持ってきた「バンドの存続を賭けた計画」は、あまりに陳腐だった。
舞台に選ばれたのは飛鳥山公園である。毎年花見客が大勢詰めかけ、昼の番組では生放送の取材も行われる。そのタイミングを狙って、ゲリラライブをやろうというのだ。少しでもテレビに映ってYouTubeに人を呼ぶ。取材が来る時間を聞きつけた金森が急遽練った作戦は、眠りながら聞く慰めのようにふわふわと頼りなかった。
どうやらこの男は本気らしいということを全員がようやく理解すると、テーブルは奇妙な沈黙に包まれた。
「ねえ、これ、めっちゃ怒られんじゃね?」沈重な空気を読まずに吉田兄が口を開く。
「俺、いきなり弾いて寒い空気になったらやだなあ」
吉田弟は黙ったまま兄を応援していた。弟は目立ちたいわけでも売り込みに成功したいわけでもなく、ただ落ち着いて音楽活動をしたいだけだった。ロッコーが取りなしてくれる可能性についてはもう諦めていた。ロッコーはいつも金森に甘い。
「だから、フラッシュモブ風にするんだよ」
要領はこうだ。
まず吉田兄と金森が喧嘩する、ふりをする。止めに入った吉田弟も一緒になって乱闘寸前になる、ふりをする。騒ぎを起こして注目を集めたところでロッコ―が最後に音頭を取り、隠してあった楽器で演奏を始める。
どう見ても非現実的なストーリーだったが、唯一食い下がった吉田兄は早々に議論に飽き、金森を論破する者は誰もいなくなった。
「力試しだと思って、な、これでだめだったら、諦めるから」

兄弟が帰ったあとの喫茶店で、ロッコーと金森だけが向かい合って座っていた。
ロッコーはいつもへらへらしている。テーブルには四人が捏ねまわした決まりの悪さが指紋になって張り付いていたが、それでもロッコーの頬は微かに笑いを含んでいる。彼は金森に好きにさせてやりたかった。歌っている金森を後ろから見るのが好きだった。
実家の「六甲洋菓子店」を継ぐために通っていた三年制の専門学校は今年の春に卒業したばかりだ。父親は少しくらいゆっくりしたらどうだと言ってくれるが、人手が余っているよう
な状況でないことは明白だった。タイムリミットが迫っている。こんな半ばやけっぱちのような茶番劇でも、派手にやりたい。
「なんか、悪かったな、いきなり」
「なんだよ、辛気くせえなあ」
金森はおどけるロッコーに口角だけで苦笑いを返し、灰皿に煙草を押し付けて、喫茶店の大きな窓から歩道を眺める。咲いて早々に風に飛ばされた花弁が、溝のふちに軽く積もっていた。
「いや、なあ、あの、桜でんぶのことなんだけど」
「お、良い例え思いついた?」
「俺には苔に見える」
「ピンクの?ピンクの苔ってこと?キショくねえ?」
「もけもけしてるところが、なんか、苔っぽいじゃん、それに」
「それに?」
「苔ならまた生えてくるから」
三杯目のカップに残ったコーヒーを舐めながら、金森は強風を心配していた。
週末まで、もつだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
決行当日はすぐに来た。
日曜日の昼の公園は金森の目論み通り人で溢れかえっている。早すぎず、遅すぎず、開花状況も申し分ない。弛んだ空気が日差しに温められ、誰もが眠そうな顔つきで通り過ぎる。
しかし人ごみの中に三人だけ、浮かない顔をした若者が立っていた。時計は12時43分を指したところだ。集合時間を、もう40分も過ぎている。金森は口の中のガムを包み紙に吐き、握りつぶした。           
ロッコーが来ない。
広場の片隅で、三人はそれぞれに携帯電話を鳴らし続けた。が、出ない。機材を隠す予定だったベンチの周りにも人が集まり始めていた。このままでは場所さえなくなってしまう。
「なあ、もう今日は帰ろうよ」
どうやら飽き始めたらしい吉田兄が、のびをしながら誰ともなくつぶやく。こうなるとやっかいだ。目を離すと、逃げ出す可能性さえある。
「だいたいさ、観客だって平和な親子連れと、昼間っから飲んだくれてるおっさんだけじゃん」
兄が顎で示した先、隣のベンチでは、酒のパックにストローを挿した男性が半分眠っているみたいに座っていた。初老手前くらいに見えるが、目を閉じているので正確な年齢は分からない。うつらうつらとリズミカルに揺れ続けている。酔っ払いなのだろう。 
どこもかしこも長閑だった。長閑さがいっそう金森の喉をつまらせた。風に散らされなくてよかったはずの桜は、時間の経過とともに再び脅威を湛えた顔に変わりつつある。
小さな花弁がびっしりと垂れていた。
俺は生きたぞ。俺はできる限り生きた。それで、お前は何をやったんだ?
「俺、ちょっと駅の方見てくるから、弟は兄、見張っといて」
「うーん、うん」
もごもごと返事をする吉田弟に背を向け、金森は駅に向かって走り始めた。撤収していく報道陣が遠くに見える。湿った階段を駆け降りて南口へ続く跨線橋へ転がり出る。弁当を持った若い家族とぶつかりそうになり、慌てて避けた。ロッコーの姿はどこにもない。既読もつかない。折り返しもない。ぷあん、と間抜けな音を立てて橋の下を普通電車が走り抜ける。茶色く変色したフェンスに顔を押し当ててよく見ようとするが、額に格子状のあとがついただけだった。電車は微かに曲がった線路を滑り行き、すぐに小さくなった。

再び階段を駆け上がり、焦りを気取られないためにしばし立ち止まって息を整える。
ベンチに戻ると、吉田弟の姿がなかった。
「え」
どっと汗が吹き出る。まさか、帰った?弟が目を離したとなると、兄の方も逃走したのではないか。青ざめて辺りを見回すと、吉田兄は隣のベンチに座り、さっきまで眠っていた男性にちゃっかりパック酒をもらっていた。
「何やってんの兄!」
「いやあなんか、仲良くなっちゃって」
ね、と男性を顔を見合わせる。男性もね、と吉田兄に向かって頷き返した。一気に脱力し、その場にへたり込む。
「弟は!?」
「トイレ行くって、あ、戻ってきた」
遠くの方から吉田弟がゆっくりと人をかき分けて歩いてくる。金森に気づくとのんきに手を振った。
「ロッコー君いた?」   
「いなかったよ、てか、いた?じゃねえよ、兄見ててって言ったじゃん、俺」
「見ててって、子供じゃないんだからさ、現にちゃんといるじゃんここに」
「偶然だろ、帰ってても驚かないわ、責任持って見ててくれよ」
吉田弟の目が緩慢に逸らされ、辺りにはにわかにむっとした空気が充満する。息を吸っても、吐いても生ぬるく、胃がむかむかとひくついた。
「責任ったって…もともとあんたが勝手に決めたんだろ」
「はあ!?今さら言う!?兄が反対したときだって、弟、黙ってたくせに」
「前から思ってたんだけど兄とか弟とか呼ぶのやめてくれよ」
「じゃあ何て呼べっつうんだよ、義典と義雄なんてフクザツな名前、客に見分けつくわけないだろ、てかお前んち、ヨシ多いんだよ、韻踏みすぎだろ」
「うわっ、母ちゃんに言いつけるからな」
「それはやめて」
自分たちは辛うじてふざけ合っていると、金森も吉田弟も考えようとしていた。しかしここで引き下がると自分だけが窒息するような気がして、黙ることができなかった。彼らははっきりとお互いの失言を待ち合っていた。いつの間にか揉め事の気配を感じて集まってきた野次馬が二人の周りを取り囲んでいる。
「てかさあ…ていうか、」
桜がざあざあと降り注ぐ。つま先から胸まで、あとは腐るしかない花弁で埋められていく。
「こんなしょうもないことしたってバンドはどうにもならねえよ、金森くんだって分かってんだろ」
吉田弟がそう叫んだ瞬間、公園中の桜が顔を上げ、いっせいにこちらを見た。
ほろほろと連なった連中がひとつ残らず萼(がく)を反らせ、枝を傾け、金森の様子をうかがっている。花芯の目が値踏みするようにじっと見開かれている。俺は生きたぞ。俺はできる限り生きた。
「なんか、こんな…つまんないことやらせないでくれよ」
ほのかに紅潮した白い顔たちが吉田弟の言葉に狂ったように喜び、熱っぽく揺れながら口々に囁く。
俺は生きた。俺はできる限り生きた。
それで、お前は何をやったんだ?何を成し遂げた?薄明るい期限は今だ。場所はここだ。見せてみろ。飛んで見せろ。今ここで、

じゃ~~~ん。

突然、まったくの突然、がびがびに割れた音が広場に鳴り響いた。
掴み合うように対峙していた金森と吉田弟が思わず動きを止める。集まっていた見物客たちも、はっと音のする方を振り返る。それは間違えようもなく、アコースティックギターが無理やりかき鳴らされる音だった。
音の出る場所に、吉田兄と意気投合していたはずの男性が立っていた。ベンチの上に土足で上がっている。その足元に吉田兄が座り、ストローを咥えたまま手を叩いていた。よく見ると男性が持っているのは吉田兄のギターである。
「え」
「何?」
「誰?」
「知らん」
「お前のおじさん?」
「何でだよ、どう見てもよそのおじさんだろ」
「さっき俺らが飲んだくれてるっつってたおっさんじゃん、兄に酒、恵んでくれてた」
「だから兄とか弟とか呼ぶなって…」
じゃ~~~~~~~ん。
スカスカに飛び散った音が再び始まりかけた口論を無理やり遮る。
「君たちなあっ」
おじさんはそのまま、じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか、とギターをめちゃくちゃに弾き始めた。
「いいじゃないか、やったらいいじゃないかっ」
じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか。

「アマチュアで何が悪いんだ、思春期が終わったら辞めるか、プロになるか選ばなきゃいけないなんて、誰が決めたんだっ」
じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか。
「人生に寄り添う趣味として楽しんだっていいじゃないか、それがプロになるよりつまらないことだなんて誰が決めたんだっ」
じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか。
「おじさんはなあ、おじさんも昔、バンドを組んでたんだよ、最初はモテたい一心だったけど、プロになろうが、趣味でやっていこうがどっちだっていいけど、メンバーには向き合わないと後で後悔するぞ、後で、後でなあ、後で後悔っつってなあ、」
じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか。
どうやらべろべろに酔っぱらっているものの、重言を気にする理性はあるらしい。しかしそれを指摘する隙はその場の誰にも与えられなかった。
「おじさんはそれがずっと心に、もうずっと長いこと、引っかかってるんだ、音楽を続けてはいるけど、再結成したくても楽器を捨ててしまった奴だっている、死んでしまったやつもいる、おじさんはな、君たちにい、仲間を大切にしてほしいんだあっ」
突然叫び終えたスターはそのまま、シームレスにイントロを奏で始めた。じゃかじゃーん、じゃかじゃか、じゃーん、と空気に音が抜けていく。整えられていない舞台でも、メロディラインを拾うことはできた。
立ち尽くしていた金森と吉田弟が、困惑してお互いの顔を見合う。
「『ワシントン広場の夜は更けて』だな」
「渋いな」
「てか上手えな」
「そりゃそうだ、大先輩なんだろ」
「やっぱ長年やってると、上手くなるもんだな…」
「それにしても渋いわ」
泥酔した花見客が大きくうねりながら手拍子を始める。おじさんと同年代らしき人たちが数人、どうしてだか全く分からないが泣いている。吉田兄はにこにこと手拍子を続け、勝手に自作のコーラスを始めている。
にわかに金森のデニムの尻ポケットが震えた。おじさんに気を取られてしばらく後回しにしていたが、ふとロッコーからの着信であることに気づき、慌ててポケットをまさぐる。
通話ボタンを押すと同時に、無性に懐かしいロッコーの声が漏れ溢れる。金森は反対側の耳を手でふさぎながら、次のスタジオをいつ予約したかを懸命に思い出そうとしていた。スピーカーの向こうではロッコーがしきりに謝っているようだったが、歓声と指笛がうるさくて、何も、何も聞こえなかった。

覚え書き・《花見の仇討》
仲良し四人組の男たちが、花見客でにぎわう飛鳥山で一発目立ってやろう!と画策するも失敗ばかり…というのが『花見の仇討』のストーリーです。四人の名前は金さん、兄弟のヨシ(吉)さんとキチ(吉)さん、六さん。ヨシさんとキチさんの兄弟が親の仇である金さんに決闘を申し込み、それを旅の六部である六さんが止めに入り、注目を集めたところで種明かしをして驚かせるというのが狂言仇討ちの筋書。しかしハプニングによって六さんの到着が遅れ、さらに偶然通りかかった武士が「助太刀いたす」と乱入してきて、計画はめちゃくちゃに。
コメディ映画のような、はたまたギャグ漫画のような設定ですが、「パッと目立って、何かデカいことをしでかしてやろう」という野心は、大なり小なり、今も昔も、みんなが持つものなのでしょうか。
今年はお花見に行けない…という方が多いかと思いますが、描かれたお花見や演じられたお花見を眺めると、いくつもの春を同時に楽しめるかもしれません。

はらだ有彩



関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを作るテキストレーター。2014年から、テキストとイラストレーションをテキスタイルにして身につけるブランド《mon.you.moyo》を開始。2018年5月、日本の民話に登場する女の子の心情に寄り添う本『日本のヤバい女の子』(柏書房)刊行。「wezzy」「リノスタ」などウェブメディア、『文藝』『東京人』『装苑』など雑誌への寄稿。

◆はらだ有彩公式サイト:https://arisaharada.com/
◆Twitter :@hurry1116
◆Instagram :@arisa_harada

書籍化された これまでの「東京23話」


加藤千恵の東京23話
幻冬舎文庫「この街でわたしたちは」



松田青子の東京23話
河出書房新社「東京 しるしのある風景」



山内マリコの東京23話
ポプラ社「東京23話」

関連キーワード

PR情報