ポストコロナの環境問題 収奪やめ、自然の再生産を 中島岳志

2020年5月28日 10時30分
 そろそろ本格的に、コロナ後の世界ヴィジョンを構想しなければならない。単に元の状態に戻るのでは意味がない。新しい時代の世界観が必要とされている。
 イタリアの作家で、大学院で素粒子物理学を専攻したパオロ・ジョルダーノは、非常事態下でエッセイを綴(つづ)り、『コロナの時代の僕ら』(早川書房)を出版した。彼は環境破壊と新型ウイルス拡大の関係に鋭く迫る。
 人間は森林を大規模に破壊することで、これまで踏み込んだことのなかった場所まで生活圏を広げた。これに伴って、「新しい病原体と接触する可能性」が高まった。動物はどんどん絶滅し、「その腸に生息していた細菌は別のどこかへの引っ越しを余儀なくされている」。

◆巣を失うウイルス

 「ほんの少し前まで本来の生息地でのんびりやっていた」ウイルスたちは、新たな宿主として、人間に目をつけている。人間は数を増やし続けている。しかも、グローバルに移動し、多くの人と接触し続ける。「これほど理想的な引っ越し先はないはずだ」
 ウイルスは、環境破壊によって難民化している。ウイルスが悪いのではない。「僕らのほうが彼らを巣から引っ張り出している」のだ。
 コロナウイルスが終息しても、ウイルス問題は終息しない。次々と別のウイルスの引っ越しが起こる可能性がある。今回の感染症以上のパンデミック(世界的大流行)が、何度もやってくるかもしれないのだ。
 今考えるべきことは、私たち人間が「ひとつの壊れやすくも見事な生態系における、もっとも侵略的な種であることについて」である。ポストコロナのヴィジョンは環境問題にほかならない。
 斎藤幸平は「コロナ・ショックドクトリンに抗するために」(『群像』6月号)で、現在を「未来への分岐点」と捉え、「大きな変革のビジョンが必要」と説く。斎藤もジョルダーノと同じく、人間の環境破壊が未知のウイルスとの接触機会を増やしたことを指摘する。そして、「資本主義こそが危機の確率を飛躍的に増大させ」ていると訴える。

◆危険性を知る企業

 彼が特に問題視するのが、アグリビジネスの拡大である。経営者たちは、世界中で原生林の破壊と乱開発を繰り返している。そして、単一の家畜を過密状態で飼育する。ウイルスは新たな生息地を見つけ、伝染し、進化していく。
 斎藤は言う。「本当のスキャンダルは、多国籍企業がこの危険性を知っているということである」。しかし企業は、対策に経費を掛けない。政府に負担を回し、「外部化」しようとする。政府に規制緩和を求め、目先の利益を追いかける。
 これに追い打ちを掛けるのが、各国政府の新自由主義政策である。緊縮財政によって保健福祉体制は瓦解(がかい)し、公衆衛生部門への予算は削減される。当然、行政は危機に対して脆弱(ぜいじゃく)になる。
 では具体的に、誰が最もシリアスな危機にさらされるのか。それは低賃金労働者である。彼らは自粛すると、経済的に困窮する。労働現場に出て、感染リスクに晒(さら)されるしか生きる方法がない。しかも、感染すると高額な医療費を請求される。十分な治療を受けることもできない。「ウイルスは平等ではない」のだ。
 斎藤曰(いわ)く、環境破壊を続ける「資本主義的アグリビジネスをやめることしか、根本的解決策は存在しない」。地産地消型の持続可能な農業への移行を進めるしかない。そして、新自由主義から決別し、相互扶助社会を築いていかなければならない。「他者と自然からの収奪を中心とする資本主義から、他者と自然のケアと再生産に重きを置いたポスト資本主義への『跳躍』に向けた扉が、今開かれているのだ」
 私たちは環境を搾取するあまり、大きなしっぺ返しを受けている。これをイノベーションによって乗り越えることは容易ではない。私たちの文明観を見つめ直し、生活スタイルから変えていかなければならないだろう。そうしないと、次から次へと難民化したウイルスが私たちに「引っ越し」してくる可能性がある。
 元に戻るのではない。新しい扉を開くのだ。 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

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