木をぐるぐる160キロ ステイホームで仰天記録 トレイルランナー・長田豪史

2020年5月29日 14時00分

スタートから54時間40分。160キロを走り切り、手製のゴールゲートでガッツポーズ(本人提供)

 コロナ禍による外出自粛で、自宅で運動している人は多いはず。スポーツ選手たちも工夫を凝らした「宅トレ」を会員制交流サイト(SNS)で発信しているが、世界を驚かせたのが気鋭のトレイルランナー、長田豪史(25)だ。1本の木の周りをぐるぐる回り続け、3日がかりで160キロ(100マイル)を走りきった。「理解不能な挑戦だったけどやって良かった。ランナーとしても自信がついた」と表情は晴れやかだ。
 4月下旬。場所は東京都日野市の自宅近くの林の中。長田は1周15メートルの木の周りを回り続けた。目標は160キロに相当する1万667周。近所の人たちが見守る中、午前10時50分にスタートした挑戦は、3日目の午後5時30分に歓喜のゴールを迎えた。所要時間54時間40分。途中計4時間半の仮眠を取った。走った距離といい、時間といい、大自然の山野を走破する超ウルトラトレイルレースに匹敵するものになった。
 その前週には「自宅でエベレスト登頂」を掲げ、アパートの3階(高さ7・5メートル)まで1180往復して、上った高さの累積で8848メートル超えを達成。こちらは21時間ぶっ通しで階段を走りを続けた。「もともと階段の次は100マイルに挑戦する予定だった」というが、舞台が1本の木になった理由を次のように語る。

トレーニングで自宅アパートの階段を上り下りする長田=日野市で

 「海外ではついに自宅で110キロも走る選手が現れ、自分も過酷な環境ですごい挑戦をしてみたかった。感染拡大防止の点からも、狭い空間にこだわった。といって練習のプラスにならないことはやりたくなかった」
 その木の周りは、高低差1メートルの傾斜がある。つまり1万周すれば、1万メートル上ったことになる。上り下りを走る練習にもってこい。まさに「自分だけの神木を見つけた」思いだった。
 段ボール箱でつくった即席のエイドステーションには、麦茶やパン、おにぎりなどを用意。手作りのゴールゲートも設置した。ムードを高めて臨んだとはいえ、やっていることは時計回り、反時計回りと、半径3メートル以内をぐるぐる回るだけ。本当に飽きなかったのだろうか?
 長田は言う。「同じ場所にいる気はしなかった。朝日を浴び、日差しが強くなり、夕日に変わる。風の流れも刻々と変化する。時間とともに別の景色が見える。自然の中で旅をしている感じだった」
 この挑戦の後、長田は再び自宅アパート階段で今度は「24時間以内に富士山3回登頂」を敢行。3階まで1510往復とプラス3メートルを駆け上がり、累積で1万1328メートル(3776メートル×3)をクリア。かかった時間は20時間半。「序盤から攻め、エベレストの時のペースを大幅に上回った」と満足そうだ。

ぐるぐると1万667周した木(中央)と長田。1周15メートル、高低差は1メートルと勾配がある=日野市で

3月、長田はスペインのグランカナリア島にいた。欧州におけるトレイルランニングの開幕戦、「トランスグランカナリア」の262キロに挑んだ。そしてこの人生最長距離のレースで、過去2回優勝のレジェンド、ルカ・パピ(40)=イタリア=と壮絶なトップ争いを演じた。
 40時間以上、不眠不休で走り続け、220キロ地点まで先頭で引っ張った。最後は幻覚症状が出たため棄権したが、「最高のレース、最高の経験ができて楽しかった。来年はこのレースで優勝すると思っている」と確かな手応えをつかんだのだ。
 レースで長田をサポートした橋爪一郎(51)が言う。フランス在住の橋爪はこれまで、欧州のレースに参戦する日本の多くのトップランナーをサポートしている。
 「超長距離レースに参加するランナーの中で、豪史は20代とすごく若い。若いランナーは勝てない距離と言われているが、彼は勝つかもしれないと思わせるところがある。この若さで本気で世界の頂点を目指している。今後の活躍に期待が膨らむ」
 長田は今後の目標を「ヨーロッパの100マイル以上の主要レースで優勝すること」ときっぱり。またトレイルランニングのチームを作って普及活動にも本腰を入れる。さてどんな指導をするだろうか。
 「クレージーな練習をイメージするかもしれませんが、僕はれっきとした健康運動指導士。練習は極めて科学的で合理的です」 (敬称略)

3月のトランスグランカナリア262キロでルカ・パピと先頭を走る長田(右)=スペイン・グランカナリア島(photo by Ichiro Hashizume)

<おさだ・ごうし> 中学時代から本格的に陸上競技(長距離)に取り組む。東京国際大4年の夏に以前から興味のあったトレイルランニングのレースに初参戦。卒業後に転向した。2017年スカイランニング日本選手権2位、アジア選手権54キロで銅メダルを獲得した。
 海外の主要レースでも好成績を収め、同年のトランスチェジュ50キロ(韓国)で優勝。人気のフォルモサトレイル(台湾)は18年に65キロ、19年は104キロでともに大会新で優勝。健康運動指導士。171センチ、56キロ。東京都日野市在住。
 文と写真・牧田幸夫

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