「真実にふたはできない」声を上げた伊藤詩織さんの覚悟

2020年5月31日 07時15分

<あの人に迫る>性暴力被害を公表したジャーナリスト

写真・稲岡悟

 性暴力の被害に遭ったことを三年前に公表したジャーナリスト伊藤詩織さん(31)の行動は、日本の「#MeToo」運動の先駆けとなった。その後、多くの女性たちが声を上げるようになり、性暴力に対する社会の意識は変わり始めた。準強姦(ごうかん)容疑で伊藤さんに刑事告訴された山口敬之・元TBSワシントン支局長(54)は不起訴となったが、民事訴訟では昨年十二月に伊藤さんの主張が全面的に認められた。(望月衣塑子)

 山口氏に損害賠償を求めた訴訟では、性被害が認定された。

 判決直後は実感がわかなかった。提訴時には「負けてもいい。そのプロセスが大事なんだ」と自分に言い聞かせていたが、判決後にいろいろな人から「良かったね、頑張ったね」と声をかけてもらい、「勝てたのだ」と、うれしさが込み上げてきた。
 判決後に「同じように苦しむ性犯罪被害者に温かい支援を」と訴えた。
 いろいろな性犯罪事件を取材する中で、自分と同じように苦しむ人が世界中にいることを知った。性暴力をなくしていくには法律を変えるだけではなく、被害者へのサポートも変わっていく必要がある。自分だけの問題じゃないと強く意識するようになった。

 山口氏は「意に反した性行為は一切していない」と控訴しているが、そもそもの発端は。

 山口氏とは米国で知り合った。二〇一五年四月に就職の相談をするために東京都内で会い、誘われた席で酒を飲んでいる途中で意識を失い、気づいたらホテルで被害に遭っていた。高輪署に被害届を出す時、刑事から「被害届を出したら報道の世界で生きていくのは難しくなる。やめた方がいい」と何度も言われた。
 「記者の仕事ができなくなる」というのは私にはとても重い言葉で、そうなることも覚悟していた。でも、事実を報道する仕事に就く以上、自分の知る真実にふたはできない。それができないならジャーナリストとしてやっていくべきではないと思い、告訴した。

 警視庁は逮捕状を取ったが執行しなかった。

 成田空港で待ち伏せていた高輪署の刑事から逮捕見送りの連絡が来た。「ストップをかけたのは警視庁のトップ。まれにあるケースだ」と言われた。「納得いきません」と抗議すると、刑事も「私もです」。全身から力が抜けてしまった。
 その後、警視庁に示談専門の弁護士を紹介されたが断った。問題のある法律や捜査体制を変えるには、示談を受け入れて事実を伏せるのでなく、事実を公表し、世に問う必要があると思った。

 トップとは当時、警視庁の刑事部長だった中村格警察庁次長のことか。

 中村氏は三年前、週刊誌などの取材に逮捕状の執行を止めたことを認めている。だから、なぜ逮捕を見送ったのか聞きたくて手紙を書き、出勤途中に直接話を聞こうとしたが、対応してもらえなかった。山口氏が大手メディアの人間だから逮捕を見送ったなら、私たちは警察の何を信じればいいのか。高輪署の捜査員は頑張って捜査してくれたと思う。ただ、中村氏には、いまでも説明してほしいと思っている。

 逮捕見送りの後、捜査主体は高輪署から捜査一課に移り、山口氏は書類送検。その後、不起訴に。

 捜査一課で再度、徹底捜査すると聞いていたが、目撃者のタクシー運転手を一課は聴取していなかった。
 検察審査会に申し立てるにあたり、自分の足で証拠を集めようと、タクシー運転手を突き止めて会うと、私が「最寄り駅で降ろしてください」と何度も繰り返していたことを教えてくれた。また「同乗していた男性に抱きかかえられホテルに入った。ホテルのドアマンが心配そうに見ていた」とも話してくれた。

 一七年五月に「詩織」という名前を出し検察審査会に審査を申し立てた。どんな思いだったか。

 直前に週刊新潮に匿名で事件の記事を掲載されたが、性暴力の問題を問う意味では、社会の反応は鈍かった。会見で顔を出せば、私だけでなく、家族への誹謗(ひぼう)中傷なども予想され、本当に怖かった。でも、問題を世に問うには、顔を出して訴えることが必要だと思い、会見に踏み切った。
 しかし、検察審査会の判断は不起訴相当だった。審査会でどの証拠が使われ、何がどう審議されて、結論に至ったのかを示す書類の開示を求めたが、すべてが黒塗りにされ、ブラックボックスだった。その後、民事で訴えることを決め、国内外の性犯罪被害者の声を聞かせてもらったり、支援者や弁護団といろいろな情報を掘り起こしたりした。
 一審判決の直前、ホテルのドアマンが「(伊藤さんが)不本意ながらホテルに連れ込まれようとしていた」という目撃証言を寄せてくれた。同じように、多くの人が会社や組織での立場を危険にさらすようなことをしてまで情報提供してくれた。損か得かでなく、自分の良心に基づいて行動してくれたんだと思う。
 裁判所は、双方の供述について客観的な事実と照らし合わせながら、どちらの供述がより信用できるか、的確に判断したと思う。多くの人に支えてもらい、ここまでこられた。事件直後はいまのような状況はとても想像ができなかった。

 事件から日本の性犯罪被害者を取り巻く状況は変わったと思うか。

 性犯罪の被害者支援に取り組む都内の団体によると、警察署での被害届の不受理は25%ほどで四人に一人は不受理。一七年の刑法改正以降も届け出のハードルは高く、警察署によっても対応にばらつきがあると聞いた。変わっているようで、やはりまだまだだなとも思う。
 一方、私が検察審査会に申し立てた約半年後、米国では大物映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタイン氏が女優ら約三十人に告発され、映画界を追放された。日本でも自らのセクハラやパワハラの被害に声を上げる動きが進んだ。東京都の狛江市長や大学教授、著名な写真家などがセクハラや性暴力を告発され、辞職に追い込まれた。
 昨年三月、名古屋地裁岡崎支部で十九歳の娘に性暴行したとして起訴された父親に無罪判決が出ると、判決に抗議するフラワーデモが全国各地で開かれ、今年三月には、名古屋高裁が逆転の有罪判決を出した。少しずつだが、でも確実に性暴行やセクハラに対する意識は変わってきている。

 この先は何を目指しますか。

 性犯罪に関して「暴行・脅迫、抗拒不能(抵抗が著しく困難な状態)」などの要件撤廃を話し合う法務省の検討会のメンバーが決まり、性犯罪被害者当事者の会「Spring」の山本潤代表理事が選ばれた。同じ目標を持ち、励まし合ってきた彼女が選ばれたのはとても心強い。
 暴行・脅迫などの要件を撤廃し、英国のように不同意性交を罪に問えるよう法律を変えたい。そうすることで、人々の意識や社会が変わっていくよう、ジャーナリストとしてやれることを少しずつ積み重ねていきたい。

◆プロフィール

 いとう・しおり 1989年生まれ、神奈川県出身。9歳からモデルの仕事を始める。2013年、ニューヨークの大学に編入しジャーナリズムを学ぶ。18年の国際メディアコンクール「ニューヨーク・フェスティバル」で、監督を務めたドキュメンタリー「Lonely Deaths(孤独死)」とカメラ担当を務めた「Racing in Cocaine Valley(コカイン谷のレース)」が銀賞を受賞。性暴力被害の体験を描いたノンフィクション『Black Box』(文芸春秋)は本屋大賞ノンフィクション部門にノミネート。第7回自由報道協会賞で大賞を受賞した。19年ニューズウィーク日本版の「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる。

◆インタビューを終えて

 三年前、自らの性暴力被害を訴える詩織さんの姿をテレビ越しに見て息をのんだ。カメラのフラッシュが激しく点滅する中、詩織さんは前を見据え、一つ一つの言葉をかみしめながら、裁かれなかった事件への怒りと疑問を告発した。
 刑事訴追はなかったが、民事では事件を巡る詳細な状況がつまびらかになり、詩織さんは勝訴した。しかし、モヤモヤ感は続く。なぜ、予定されていた逮捕状の執行が、直前に取り消されたのか?
 被害を訴えても事件にならず、泣き寝入りを強いられている女性は他にもいるのではないか。日本社会のこの現実から目をそらしてはいけない。

<あなたに伝えたい>

 事実を報道する仕事に就く以上、自分の知る真実にふたはできない。それができないならジャーナリストとしてやっていくべきではないと思い、告訴した。

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