フクシマの現実詠む 句集『むずかしい平凡』を出版 中村晋(すすむ)さん(高校教諭・俳人)

2020年5月2日 02時00分
 タイトルに、ハッとした。福島市の高校教諭中村晋さん(52)が、昨年末に刊行した第一句集『むずかしい平凡』。学校や仕事に行くこと、友人知人とのおしゃべり、飲み屋での一杯…。平凡な日常が、いかに得難いものだったか。新型コロナウイルスの感染拡大が続く今まさに、それが現実となっている。
 「コロナへの政府対応の遅れが、原発事故後のそれと重なるんですよね。人命第一ではなく、深刻な現実に向き合おうとしない」
 福島の県立高校が一斉休校に入った四月下旬。電話の向こうで、中村さんは穏やかな声でこう語った。教員生活のかたわら二十代で俳句を始め、前衛俳句の旗手、故・金子兜太さんに師事。原発事故後は『福島から問う教育と命』(共著、岩波ブックレット)を出すなど発言を続ける。
 震災当時、福島市内にある工業高校の夜間定時制に勤務していた。事故発生から約二カ月たっても原発の危機的な状況が連日報じられる中、授業の前に「みんなも気を付けような」と何げなく口にした。すると、一人の男子生徒が叫んだ。
 「原発なんか、全部爆発しちまえばいいんだ!」
 怒りを必死にこらえているようだった。彼いわく、福島市などの中通り地方は汚染がひどいのに避難させてもらえない。高速道路や新幹線など経済の中枢となる大動脈が通っているからで、国は経済を優先させて自分たちを犠牲にしている。だから、「もう一度爆発すればこの中途半端な状態から抜け出せる」のだと。
 「衝撃でした。日本は敗戦後、効率優先で経済発展してきた。教育もそこに加担してきたんじゃないか」
 まもなく、全日制高校に異動。文芸部の顧問になり、生徒に「震災をテーマに何か書かないか」と勧めてみた。「傷口を広げてどうするんですか」と反発する生徒もいたが、「言葉で社会とつながることが大事だと思った。答えが出ないこと、変だなと思ったことを句にするのもひとつの手だよ、と提案した」
フクシマに柿干す祖母をまた黙認 (高橋洋平)
 これは飯舘村から福島市に避難した男子生徒の句。放射性物質の危険性を知っていても、土と共に生きてきた祖母を止められない。
フクシマよ埋めても埋めても葱匂う (野村モモ)
 作者の女子生徒の近所では、毎年ネギを収穫して畑の隅に捨てる。彼女はその光景に、「当たり前なんてないんだ」と感じたという。
 自らも句作を続けた。福島県内の酪農家が「牛を外に出さず、えさも外国産に変えたのに、なぜ原乳からヨウ素が検出されたのか」とラジオで専門家に質問していた。ふと、金子兜太さんの「猪がきて空気を食べる春の峠」という句を思い出し、こんな句を詠んだ。
春の牛空気を食べて被曝した
 「内部被曝したのは牛だけではなかった」。原発事故当時、断水が続いた福島市では、空気中の高い放射線量を知らされないまま、屋外で大勢の市民が給水車に行列していた。いつの世も弱者にしわ寄せがくる。「小さな存在をより意識するようになりました」
冬蠅を逐う手よ核に逐われし手
 「すべてがカネという経済優先主義をやめようと、震災直後は大勢がそう思ったはずなのに、すぐにその価値観は消えてしまった」
 苦しい境遇の定時制の生徒やその家族と出会うことで、受験偏重のエリート教育に疑問を持ってきた。
鰯雲退学もまた門出なり
 教え子たちは「フクシマ」を背負って卒業する。人としてどう生きるか。「社会の不条理に声を上げられる『主権者』を育てたい」
 尊敬してやまない金子兜太さんの俳句の魅力は「生きもの感覚」だという。中村さんの句も、自然の描写にあふれる。
人間よ万緑をどう除染する
植田百枚水をこぼさぬ水の星
 偶然に生かされているちっぽけな命だからこそ、よけいにいとおしい。
フリージアけっこうむずかしい平凡
 この句から句集の題名を取り、一九九五年から近作までを収録した。
 確かに、今、平凡は難しい。取材は電話で、この記事の写真も中村さんから送ってもらった。「中学生の息子がスマホで撮ってくれて…」とはにかむ、そんな青空の下の笑顔に吸い寄せられた。 (出田阿生)

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