本心<261>

2020年6月5日 08時00分

第九章 本心

 僕は、慣れた仕事なので、通訳のように、出来るだけ僕の存在を素通りして、イフィーの言葉が直接届くように伝えたが、三好は違和感があるようだった。スピーカーで彼の声を出すことも出来たが、外でも室内でも音量の調整が難しく、ひとまずそれを使用しなかった。
「なんか、ヘンな感じだけど、……行こう。ここ、邪魔だし。予算の上限、五万円なんで、よろしくお願いします。」
 三好はそう言って、僕を――僕たちを――一階の店内に導いた。三好と僕とで買う誕生日プレゼントとしては、非現実的なほどに高額だったが、三好はこの機会に、イフィーからクリスマス・イヴに貰(もら)ったお金を、物のかたちで少しでも返そうとしていた。
 店は、例によって三好が見つけてきたのだった。イフィーの仕事部屋を訪れた際に、彼がインスピレーションを得るものとしてボードに貼っていた様々な資料の中に、彼女は、アンティークの写真が幾つか混ざっているのに目を留めていた。僕が仮想空間の「ドレス・コード」を記憶していたのとは、随分と違っていた。そして、店主が、フランスやイタリアのアンティーク・ショップや蚤(のみ)の市を自分で回って買いつけをしていると評判のこの店を探し出したらしい。
 中は六十平米ほどの広さだった。机や椅子といった大きな物もあったが、全体的には、時計や銀食器、皿や器、ランタン、卓上小棚、カメラ、額縁、ポット、レザーの水筒ケース、……といった持ち運びできる程度の物が多かった。それらが、所狭しと陳列されている。音楽もかかっておらず、足音も話し声もよく響いた。
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※6月1日付紙面掲載

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