おふくろの歌

2020年6月3日 08時19分

 時々おじゃまする東京・駒場の音楽喫茶室「カフェ・アンサンブル」のママ、望月廸子(みちこ)さん(89)が、ユーチューブへの動画配信を始めた。
 コロナ禍で営業自粛に追い込まれた四月。息子たちが「おふくろの元気な姿を常連さんに見せよう」と発案したそうだ。家族でトークを繰り広げ、廸子さんが歌を披露する。手作りの動画「カフェアンチャンネル」の配信が始まった。
 「知床(しれとこ)旅情」「七つの子」「朧月夜(おぼろづきよ)」…。来年、卒寿を迎える廸子さんだが、歌声に伸びがあり、表情が生き生きとしている。そうか、息子たちは母親を励まそうと動画を始めたのか、と思い至った。
 カフェは開業三十五年。亡き夫が退職金を投じ、手塩にかけた夢の店だという。立派なグランドピアノを置き、合唱団の練習やアマチュア演奏会にも好評だった。
 感染第二波が懸念される中、家族の思いと行政の給付金が支え、という経営者は多いだろう。しかし、ただの客にすぎない私たちもこうした店の未来と無関係ではない。近所のおいしいスパゲティ屋さんも、仕入れの良い花屋さんも、心と暮らしを豊かにしてくれる地域の「資産」ではないか。
 コロナと闘う八十九歳の歌を聴くと、見慣れた街の風景が大切なものだと思えてくる。 (臼井康兆)

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