「誰もが使いやすい」浸透 家電、日用品にも隠れた配慮

2020年6月4日 08時09分

メロディボールを手にテトリスの開発について語る星川安之さん=千代田区で

 シャンプーボトルに刻まれたギザギザ加工、缶ビールのふたに付けられた「おさけ」の点字は、目が不自由な人でも区別できるようにと考案された。身近なものに隠されたこうした配慮は、「共に遊べる」を追い求めた共遊(きょうゆう)玩具が起点となり、社会に広がっていった。

シャンプーボトル(左)に刻まれたギザギザ加工(花王提供)

 一九八〇年、ミニカーのトミカやプラレールを主力商品にするトミー(現タカラトミー)に、新しい部署「ハンディキャップ・トイ研究室」ができた。まだ共遊玩具の概念がなかった時代。ミッションは、障害のある子が遊べるおもちゃを開発することだった。
 三人ほどが配属され、そのうちの一人が「障害児が楽しめるおもちゃを作りたい」と入社した、一年目の星川安之さん(62)だった。後に共遊玩具の第一号を世に送り出すパイオニアだ。
 最初に手掛けたメロディボールは、目が見えない子のために作った。「鈴が入ったボールを追い掛けようとしても、ボールが止まるとどこにあるか分からなくなる」という悩みをくみ取り、転がすと音楽が三十秒間流れる仕様にした。
 三千個が売れ、視覚障害がある子どもを五千人と推計していた星川さんは「比率を考えたら大ヒットだ」と周囲に誇った。だが、この頃のおもちゃは十万〜十五万個がヒットの目安。福祉用は市場が小さいため採算が合わず、八五年プラザ合意で景気が悪くなると、開発は縮小された。

◆「福祉用」縛られず

共遊玩具のオセロ。盤と石が一体化しているため目が不自由な子でも石がずれる心配がない(メガハウス提供)

 窮地を救ったのは、周りの何げないひと言だった。「障害がある子の専用じゃなきゃダメなの? 一般玩具に手を加えてみたら?」。福祉用というキーワードに縛られていた星川さんは視界が一気に開けた。「共遊」の概念が生まれた瞬間だった。
 第一弾は九〇年に発売したテトリス。盤上に凹凸をつけてピースを置きやすくした。次のピースはルーレットで決めるが、ここにも工夫を施し、ルーレットが示したピースの形が手触りで分かるようにした。一般玩具として売り出したため採算ラインもクリア。それでいて、目が見えない子も、みんなと対戦できるようになった。

スイッチのON側に付けられた凸点

 他のメーカーもこうした配慮を取り入れるようになり、業界では「消費者を混乱させないよう、スイッチに付ける凸点はON側に」などとルールを統一した。誕生から今年で三十年。延べ四千二百点超のおもちゃが共遊玩具に認定された。目が不自由な子どもも遊べる「盲導犬」マーク、耳が不自由な子どもも遊べる「うさぎ」マークが目印に付いている。
 おもちゃ業界で拡大した「共遊」のイズムは他の業界にも波及し、誰もが使いやすい商品を作ろうとする機運を高めた。「共用品」という言葉が生まれ、お年寄りに優しいノンステップバス、左利きでも扱いやすい家電や日用品がさらに普及した。
 星川さんは今、共用品推進機構(千代田区)の専務理事として普及に力を入れる。「駄菓子屋で売られるおもちゃにも浸透させたい」。事務所の壁一面に共用品として売られている文房具や洗剤などが展示されている。身の回りは、不便さを解消する工夫であふれているんだと気付かされた。
 文と写真・加藤健太
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