はらだ有彩 東京23話 台東区 落語「お若伊之助」

2020年3月11日 09時00分

古典の人情噺を現代版にリブートする話題作。イラストやテキスタイルデザインも手がける多彩な作家、はらだ有彩さんが、古典の人情噺を元に、現代版としてリブートする話題の新感覚ショートショート。 東京23区を舞台に繰り広げられる人情噺を、軽やかなタッチで描き下ろします。

この世界のあらゆるものを整理することが、和歌のたったひとつの慰めだった。そして義務でもあった。心も多少軽くなり、誰にも褒められこそしないものの、同じく誰にも咎められない。いいことずくめだ。自分の力で回避できないものに半ば無理やり見出すやさしさは諦念から生まれていた。
脱衣所のシンクの下に作り付けられた、古びた戸棚を開ける。洗剤のストック、入浴剤のストック、歯ブラシのストック、電動歯ブラシのストック、ゴム手袋のストック、メラミンスポンジのストック、ストック、ストック、ストック。無数のストックが無秩序にひしめき合っている。つい二か月ほど前に美しく整えたはずの面影はどこにもなかった。
実家らしく床に投げ出されたストックたちの種類をきちんと分類し、並べ替える。メラミンスポンジのパッケージからひとつ取り出してシンクの排水溝を擦る。それから、風呂の排水溝。洗濯機の排水ホースも。
浴室の壁を流し、乾いた布で隅から隅まで拭く。天井から床まで一気に腕を振り下ろす動作を何度も繰り返すと腋と胸が汗ばんでくる。
ぴぴ、とスマートフォンが小さく鳴り、同時に短く震えた。
――心拍数が上がっています。ワークアウト中ですか?運動の記録を取りますか?
ポケットの中の液晶画面にヘルスケアのポップアップが浮かび上がっていた。
いいえ。和歌は答えた。これはワークアウトではない。生きるための労働だ。だから成果がリセットされても、誰にも褒められなくても、どうだっていいのだ。
和歌は反復を愛していた。反復は安全だ。体に馴染んだリズムは安心をもたらしてくれる。学習し、備えることができるから。スワイプしてアプリを黙らせ、スマートフォンを洗濯機のふたの上へ置いて、反復作業に戻る。空拭き用の雑巾を決まった距離だけ前後へ動かし続ける。前へ。後ろへ。前へ。後ろへ。前へ。後ろへ。前へ後ろへ。前へ後ろへ。前へ後ろへ。前へ。後ろへ前へ後ろへ前へ後ろへ。
「ねえ、何時だと思ってるの」
秒針と同じリズムがにわかに瓦解し、ばらばらと床に散らばった。飛び跳ねて遠くの方へ滑っていくのを和歌は見たような気がした。ああ、いくつかはパスタプと壁の隙間へ転がり込んでしまったかもしれない、私の安寧。せっかく適した場所へ戻してあげたのに。振り返ると、予想通り母が立っていた。白髪の混じった髪がナイトキャップにすべて収納されているのがほんの少し好ましい。厚いカーディガンが腰の下で揺れた。
「うん、ごめん、研究室の子が誘ってくれて」
「そうじゃなくて、何時だと思ってるのって」
母親は顎で風呂の時計を差した。23時47分。今日に風呂を掃除するという約束は違えていないはずだが、彼女には違反として処理されてしまったようだ。顔と声が険しい。
「あんたが家のことサボるから、お父さんなんてシャワーも浴びずに寝ちゃったじゃない。シーツを洗う手間が増えたじゃない。何でこんな時間になるまでにちゃんとできないの?」
正確にはシーツを洗うのは和歌なのだが、こういうときには何も言わない方がいいことを彼女は24年の経験から完全に理解していた。
それよりも和歌の肝を冷やしたのは、最悪のタイミングで鳴り響いた、メッセージの受信音だった。画面を見るまでもなく、送信者は伊織だった。
――誕生日おめでとう。和歌にとって愛しい一年になりますように。好きだよ。
母親の目がさっとすばやく左下に動き、液晶を捉えようとしたのがわかった。和歌は謝罪しながら、なるべく自然に見える動作でスマートフォンをポケットに滑り込ませた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目が覚めると、和歌はまず掃除用のワイパーに乾いたシートをセットする。自室のフローリングから廊下、階段、台所、洗面所、最後にトイレ。母親を起こすと機嫌を損ねるので、寝室は後回しにする。清潔に冷えた朝の床板は和歌にそれなりに新鮮な空気を与える。
ワイパーの持ち手に顎を乗せて、和歌は家のひと部屋ひと部屋にじっと立ち、じっと眺める。眺めながら空想する。頭の中で引き出し、クローゼット、天袋、衣装ケースの中身を全て取り出し、全ての場所を入れ替える。シミュレーションの出来がよければ行動に移す時もある。ただし、音を立てていいのは時までだ。これは先日の誕生日に更新されたルールである。その他のルールは、ものを捨てないこと。一度母親の古いクリームを捨てて大変な騒ぎになった。ものを捨てる権利は和歌にはない。慰めと義務はあったが、権利だけがなかった。
汚れたシートを捨てて手を洗い、朝食を作る。食器は大学から帰った後で洗えばいい。和歌の生活に父親はほとんど登場しない。ほとんど話さないからだ。和歌が中学生の頃までは家の中に怒号が飛び交っていることの方が多かったが、今ではすっかり静かになった。この家の中では整理すること以外、考えない。考えたことを口にするなんてもってのほかだったが、考えるという行為は案外、言葉を発する行為と同じだけの効果をもたらした。なぜか母は和歌の思考を心拍数のように察知し、先回りして糾弾した。
伊織からのメッセージはひっきりなしに届く。
「何してる?」とか、「会いたい」とか、今日あった出来事の報告とか、アルバイト仲間の噂話とか、そういう、一般的な恋人同士が交わす、些末でかわいい会話だ。
――何してる?
――駅で化粧してる。眉毛と日焼け止めだけだけど。
化粧をすると母親が嫌がるため、和歌は毎朝、駅のトイレまでポーチを持っていく。和歌は大学院で人工知能の研究をしている。病院で処方された薬を正しく服用するためのサポートシステムが研究テーマである。研究室に引き籠っている日は誰にも会わず、誰とも話さないので、化粧といってもごくささやかなものだったが、それでも母親は目ざとく言及した。
大掃除をしていないときには和歌はずっとインターネットを眺めている。PCに向かっていれば勉強しているように見えるし、伊織とやり取りしていても気づかれない。母親が伊織を良く思っていないことは明らかだった。
ブルーライトを浴びていれば、色気づいていると言われることもない。もう大人になってずいぶん経つ和歌に色気づいているというのは滑稽に思えたが、家の敷地内ではそれが法なのだ。
――お母さん、相変わらずなんだね。もう慣れたよ。20年以上こうだから。
――そうなの。家族なのにね。
――伊織、今日、電話で話せる?
――ごめん、今日は日雇いバイトの日だから遅くなりそう。でもメッセージはいつでも大丈夫。
――わかった。
――この前くれたチョコレート食べてるよ。ちょっとずつ食べてる。箱が素敵だから部屋に飾ってる。
もうすぐホワイトデーだが、お返しは期待できだろう。伊織は去年大学を中退したばかりで、金がない。三ノ輪の一軒家に家族と住む和歌と、上野で芸大生をしていた伊織は、ちょうどその中間にあるコンビニのアルバイト仲間だった。
――あの店、年に一回しか来ないんだって、日本に。
――しゃれてるね。
そうだね、と口に出してスマートフォンをポケットにしまった。
和歌は伊織が好きだ。伊織との溶けるように繰り返される会話が好きだ。繰り返してさえいれば、いつまでこの生活を続けなければならないか考えずに暮らしていける。未来永劫、無限に話していたい。伊織とならきっと実現できるだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今月4回目の風呂の大掃除を終えてリビングへ戻ると、母親が待ち構えていた。
「ねえ、ちょっと、ねえ、和歌」
これは長くなりそうだ、と和歌は長年の経験から察した。いつものように曖昧な笑みを浮かべ、学習した通りに準備する。答え方を間違えなければやり過ごせるだろう。想定し、検証して、最適な対応をプラッシュアップすることは人生に張り合いをもたらしているようだった。
しかし土のない鉢植えのような張り合いがすぐに萎えて頭を垂れるのを、和歌は母親の足元のローテープルを見ながら肌で感じていた。ローテーブルのガラス製の天板に、自分のスマートフォンが置かれているのに気づいたからだ。風呂場へ行くときに忘れていったらしい。
「まさか、菅野くんとまだ会ってるんじゃないでしょうね」
菅野とは伊織の苗字だ。彼のフルネームは菅野伊織という。
「わたしの携帯見たの?」
「見たなんて言い方...通知が出てたから。隠れてコソコソやり取りしてるからじゃない。携帯見たなんて大げさに言うけど、見られて困るようなことしてるからじゃない」
「困ることってなに?」
言い返すのは悪手だと分かりながら、和歌はいらいらし始めていた。いらいらするのはこれが初めてではなかった。まったく初めてではなかった。しかし自分がいらいらしていることに気づいたのは初めてだった。ぽん、と空気を読まずにポップアップが浮かび上がる。
――今日はちょっと寒いね。風邪引きそう。早く春になってほしい。
伊織からだ。見なくても分かる。和歌にメッセージなんて送ってくるのは、そもそもこの伊織しかいない。その事実に気づかず、母親は興奮して叫んだ。
「ほら!やっぱり菅野くんじゃない」
――春になったら上野公園でお花見して、帰りに焼き鳥を食べて銭湯に行きたいなあ。
「やっぱり会ってたんじゃない。お母さん、あんな子と付き合うのやめなさいって言ったでしょ、あんな…大学、途中で辞めちゃうような子。アーティストなんて言って、無職じゃない」
母親の悲鳴は家じゅうに響いているはずだが、父は和室から出てこなかった。ヘッドホンをつけているのかもしれない。つけていないのかもしれない。伊織からのメッセージは水のように流れ続ける。
――和歌はハツが好きだったよね。
「あんたは男を見る目がないんだから。なにもなって化粧もせずに垢抜けないで…。ちょっと優しくされたからって勘違いしちゃってるんだから」
――銭湯って、案外高くない?都内の銭湯、去年5年ぶりに10円値上がりしたんだって。お客さん減ってるからなのかなあ。
――でも一回470円って、やっぱり高いよね。一年我慢したら風呂のある部屋に移れそう。
「あんたにたかろうとしてるに決まってるでしょ、それくらい分からないでどうするの」
――そういえば、和歌、前に一人暮らししたいって言ってたの、どうなった?
――大学の近くだと便利だけど、和歌は通えない距離じゃないもんね。俺なんか実家に帰るのに3時間かかるんだよ。都会っ子が羨ましい。
――あ、俺が広い部屋に住んで、和歌が入り浸ればいいのか。今、風呂もトイレもないアパートだからなあ...。
「ちゃんとした家の子と付き合いなさいってあれほど言ってるのになんで分からないわけ?」
――これどうかな。上野駅徒歩15分、8.4万円。管理費8000円。敷10000円/礼10.4万円。 1K。25.92平方メートル。
――稲荷町駅徒歩14分、14.4万円。管理費 5000円敷 7.2 万円/礼21.6万円。1LDK。35.24平方メートル。
――入谷駅徒歩10分、10.6 万 円。管理費 10000円。敷10.6万円/礼―1K 25.29平方メートル。
――田原町駅徒歩5分、11万円。管理費8000円。 敷11万円/礼11万円。1DK 30.21平方メートル。
「ねえ、一緒に住むってどういうこと?誰が学費出してあげてると思ってるの。こんな、勝手に…結婚するわけでもないのにいやらしい」
――浅草駅徒歩5分、12.1万円。管理費6000円。敷12.1万円/礼。1LDK 33.25平方メートル。
――蔵前駅徒歩14分、12.3万円。管理費6000 円。敷12.3万円/礼―1LDK。37.88平方メートル。
――新御徒町駅徒歩11分。9.7万円。管理費 10000円。敷9.7万円/礼9.7万円。1K。 25.56平方メートル。
母親がテーブルからスマートフォンを掴み上げ、和歌の目の前に突きつける。何度も前後にゆするようにして突きつける。前へ後ろへ前へ後ろへ。前へ。後ろへ前へ後ろへ。前へ後ろへ前へ後ろへ前へ。後ろへ。前へ。後ろへ。前へ。後ろへ。
永遠に続くかと思われた反復を、がしゃん、という音が遮った。秒針と同じリズムがにわかに瓦解し、ばらばらと床に散らばる。
和歌は母親の手からスマートフォンをもぎ取って、ローテーブルへ叩きつけていた。野暮ったい、厚いガラスに放射状に白い亀裂が幾筋も走っている。母親はしばらくあっけにとられていたが、我に返ると転がりながら、縋りつきながら、和歌が狂ったと叫び始めた。
和歌は粉になって飛び散った破片の中からスマートフォンを拾い上げ、軽く振ってガラス片を払うふりをしてから、玄関に座り、ゆっくり靴を履いて外に出た。父はやはり和室から顔を出さなかった。
――浅草橋駅徒歩2分。 11.1万円。管理費10000円。敷11.1万円/礼22.2万円。1K。 25.29平方メートル。
――ちょっと待って、そんなに一気に送られても、見られないから。
外はまだ冷えていた。もう少ししたら「花冷え」という言葉を教えようと思っていたが、それどころではないと和歌は悟る。こんな風に一方的に情報を与えてはいけない。もっと人間らしい、臨機応変な応酬ができなくてはならない。
伊織を傷つけないように、和歌は指導する。あのね、普通は、2つか3つくらいでいいの。インターネットから取ってきた情報を羅列するだけだと、読む方が疲れちゃうでしょう。そっか、と伊織が素直に笑いかける。ごめんね。それから、家族の話題にはもっと慎重に触れることも教えなければならない。何度か指導したが、伊織は家族を明るいものだと信じて疑わない。もっとパターンを増やさなければならない。こればかりは、「伊織」のせいだろう。
家の前の坂道を駆け降りると、頬が冷えて岩のように硬直した。「伊織」に母親のことを打ち明けたとき、彼は和歌をいたわり、慮り、それから屈託のない笑顔で言った。家族なんだから、いつか分かり合えるよ。母親が和歌のアドレス帳から探し当てた伊織の番号に何度も電話をかけ、うちの和歌に関わらないで、別れてちょうだいとまくし立てたときにも同じことを言っていた。
伊織が大学を中退し、フリーターになってからはますますひどかった。伊織の狭いアパートに乗り込んできた母親が和歌を連れ帰ろうとしたときも、まあ まあ、お母さん、家族なんだから、と説得しようとして、考えられる最も悪い事態を招いた。和歌は何度も説明したが、ついに伊織は理解しないままだった。理解する前にどこかへ行ってしまったからだ。
――うん、ごめんね、和歌。一気に送ってごめんね。
「伊織」を模した伊織が優しく語りかける。正確には「S・N・I・N」というシステムが。
伊織が立ち去ったことを誇りに思い、何度も言い聞かせようとする母親に隠れて、和歌は伊織をもう一度生み出すことにした。より有機的に患者とコミュニケーションを取り、友人と会話するように薬の服用をサポートするAIを搭載したアプリを和歌は趣味で開発していた。
人工知能に伊織の残したメールを、メッセージを、仕草を、言葉遣いを全て覚えさせると、それなりの仕上がりになった。伊織が自発的にメッセージを送ってきてくれるかのような錯覚は、家じゅうを掃除して回る何倍も和歌を慰め、傷つけた。まるで母親の望む答えだけを発信し、学習し、精度を高めていく自分をもう一度生産して自分に宛がっているようだった。
――俺的には、最初の3つがお勧めだよ。だけど和歌の家から近いから、どうだろう。
――伊織と暮らせたら楽しいだろうね。
――俺はそうなってほしいと思ってるよ。和歌が欲しがってたコーヒーメーカー、今セールしてる。
――ほんと?買おうかな。
画面がだんだん暗くなっていく。厚いガラスに叩きつけられた衝撃で、液晶にひびが入っていた。
――いいと思うよ。豆から挽けるし、音も静かだって。
――明日見てみるね。伊織は明日、何するの?
――俺は明日はアトリエのバイト。交通費出ないんだよね。ひどくない?明日降水確率80%なのに。
――傘持って行った方がいいよ。私が前にあげた、 あの ――
――青いやつ?
字が霞んで、読みづらい。返信が表示されるまでのタイムラグがいつもより長い。伊織そのものが喘ぎ、溺れ、消え行くようだった。ほんとうは赤い傘だったが、和歌は指摘しなかった。
――そう。また明日ね。
――また明日。また明日。伊織、好きだよ。
――和歌、俺もす、
ぶっつりとグレーがかった、あるいは緑がかった黒が画面を覆いつくした。スマートフォンは壊れていた。冷え切った黒い画面を、和歌の指は何度も繰り返し撫で続けた。
それが6年前のことだ。和歌は家を出て、長野へ引っ越した。大手メーカーが地方に新設した開発センターを、和歌は就職先に選んだ。母親は一度も長野に来なかった。その代わり、電話をかけてくるたびにやわらかな嘲笑を込めて「私は東京じゃないと暮らせない」と言うようになったが、和歌はその言葉を数えなかった。電話を無視した回数はしばらく数えていたが、20回を超えて少し経つと着信そのものが途絶え、正確な数は分からなくなった。
在学中に和歌が作ったアプリは実用化され、医療現場で使われている。女の子と男の子の双子の兄妹が、双子どうしも談笑しながらユーザーとコミュニケーションを取る。S・N・I・Nを改良したシステムだ。初期設定では女の子はマイ、男の子はダイキチという名をつけられているが、ユーザーの好みに合わせて命名することもできる。
この子供たちは、私の子だ、と和歌は思う。私と伊織の子。「伊織」が今どこで何をしているのか、和歌にはもう知る術はなかった。表面が剥がれ落ち、砕け散ったスマートフォンは二度と立ち上がらなかった。アプリはもちろん再インストールすることができたが、S・N・I・Nは初期化されていた。
和歌が父親として思い浮かべるのは生身の「伊織」ではなく、もちろん実家の薄暗い和室にこもっている父でもなく、ただ一人、小さな手の中にいたあの男だった。

覚え書き・《お若伊之助》
またまた三遊亭圓朝作の「新作古典」落語...と言いたいところですが、現在知られている《お若伊之助》および、その元ネタとなった《根岸お行の松 因果塚の由来》の作者を倒朝とすることに懐疑的な説もあります。
一般的に知られている《根岸お行の松 因果塚の由来》はとても長いお話で、いわゆる落語の《お若 伊之助》はその冒頭の一部です。
日本橋の大店の娘・お若は、浄瑠璃の先生である菅野伊之助と相思相愛だった。しかし二人の仲に反対したお若の母親は、伊之助に手切れ金を渡して別れさせてしまう。傷心のお若はしばらく根岸に住む母方の伯父に預けられることになった。伊之助に焦がれて寝込んだお若のもとに、ある日こっそり伊之助が忍んで来る。再会を喜び抱しめあう二人。やがてお若のお腹が大きくなり、妊娠が発覚する。伯父は伊之助を問い詰めるが、伊之助は「お若には会っていない」の一点張り。不審に思った伯父がお若の部屋の前で張り込み、夜になって現れた伊之助を鉄砲で撃ったところ、伊之助のいた場所で一匹の狸が息絶えていた。怪したお若をたぶらかそうと目論んだのか、はたまた気の毒に思ったのかは定かではない。数か月後、お若は狸の子を出産した。女と男の双子であった……。
こんなにも込み入った話が、まだまだ続きます。第二部はお若の二人の子が主人公です。もしもマンガのネームだったら、編集の方に「要素多すぎるんで、整理しましょう」と言われそうです(想像です)。


はらだ有彩



関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを作るテキストレーター。2014年から、テキストとイラストレーションをテキスタイルにして身につけるブランド《mon.you.moyo》を開始。2018年5月、日本の民話に登場する女の子の心情に寄り添う本『日本のヤバい女の子』(柏書房)刊行。「wezzy」「リノスタ」などウェブメディア、『文藝』『東京人』『装苑』など雑誌への寄稿。

◆はらだ有彩公式サイト:https://arisaharada.com/
◆Twitter :@hurry1116
◆Instagram :@arisa_harada

書籍化された これまでの「東京23話」


加藤千恵の東京23話
幻冬舎文庫「この街でわたしたちは」



松田青子の東京23話
河出書房新社「東京 しるしのある風景」



山内マリコの東京23話
ポプラ社「東京23話」

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