ストリートの美術 大山エンリコイサム著

2020年6月7日 07時00分

◆アートのジャンル超えた集合


[評]黒瀬陽平(美術家、美術批評家)

 著者の大山は、ニューヨークを拠点として活躍するストリートアーティストである。本書には、大山自身の作品も含めた様々なストリートアートが取り上げられているが、入門書や解説書として読もうとするなら、その期待は裏切られるだろう。バンクシーやキダルトのようなこの世界のスターたちから、ウォール街のオキュパイ運動やパリのシャルリーエブド事件、ブータンのヒップホップ、クリスチャン・ラッセンまで、一見して脈絡なく、あまりに広範な議論に読者は戸惑うかもしれない。しかし、本書を通じて大山が追いかけているのは、ストリートアートそれ自体ではなく「ストリートとは何か」という問いなのである。
 それがアートであろうとなかろうと、ストリートに現れ、そこを占拠し、そして通り過ぎてゆくものたちは、なんらかのかたちでストリートに関与する。逆に言えば、ストリートが開かれた公共の場であるからこそ、そこに現れる「ストリート的なもの」との関係性によって、様々にその姿や性質を変化させるのだ。
 ストリートアートというジャンルがあるのではなく、それは本来、ジャンルを超えた「ストリート的なもの」の集合であった。現在、ストリートアートと呼ばれているものは、そのなかから立ち上がってきたいくつかの固有名を並べたものに過ぎない。だからこそ大山は、このようなスタイルで綴(つづ)ったのだろう。
 興味深いのは、何度もインターネットカルチャーについて言及していることである。たとえば、ストリートにおける重要な表現の場としての「壁」について論じつつ、今日ではそれが、情報空間にまで延長していることを指摘する。ツイッターであれば「タイムライン」が壁であり、画面スクロールは歩行であり、エゴサーチとリツイートはライティング(グラフィティを書くこと)なのだ。
 そこが開かれた場所である限り、どこだってストリートになりうる。そしてストリートである限り、いつなんどき「ストリート的なもの」が現れるかわからないのだ。
(講談社選書メチエ・2090円) 
アーティスト。1983年、イタリア人の父、日本人の母のもと東京で生まれる。

◆もう1冊

大山エンリコイサム著『ストリートアートの素顔−ニューヨーク・ライティング文化』(青土社)

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