本当の教養とは何か 『教養の書』 名古屋大教養教育院長・戸田山和久さん(61)

2020年6月7日 07時00分
 専門の科学哲学の傍ら、大学生の学びについても積極的に発信してきた著者が、中学生以来悩み続ける「教養とは何か」という命題。本書は「学生時代の自分に向けて書く」ようにそれを開陳し、大学生や未来の学生を、教養の世界に呼び込む。積もり積もった「もやもや」を出し切った一冊でもある。
 三部構成で、教養が大切な理由や身に付けるために必要な態度を説き、大学での学び方を実践的に紹介する。ベーコンの哲学を交えるのに、口調はうさんくさいくらい砕けている。
 教養人を<社会の担い手であることを自覚し、公共圏における議論を通じて、未来へ向けて社会を改善し存続させようとする存在>と定義した。教養と言えば知識の広さが浮かぶが、知識をただ持っているだけではだめ。歴史的、空間的な位置を捉え直し、絶対視しない感覚が大事という。
 日本では、五年ほど前に議論を呼んだ「反知性主義」を経て、昨今はビジネス書でも教養本が盛況だ。今の状況を「教養とは何なのかを見失ったものの、大切なものらしいという気分は残っている状態」とみる。
 日本の教養教育は、一九九〇年代の大学改革で旧教養部が廃止されたのをきっかけに、軽視の傾向が進んだ。あくまでも「専門教育の準備」であるという認識は、今も根強い。
 加えてこの数十年で、各専攻で細分化が進み、専門分野としてふまえておくべき内容が膨れ上がった。分野によっては百倍とも言われる。カリキュラムを圧迫し、さらに教養教育の枠が邪魔になる。「そういう教員側の腹を、学生は鋭く見抜く。教養を余分な勉強だと考え、ばかにする。悲しい態度です」
 ただ、しぼむ一方というわけでもない。産業界も技術革新で海外に後れを取るようになり、視野を広げる教養教育を重視しはじめた。大学院に教養教育を織り込み、自分の研究を一度客観的に見つめさせるような取り組みも出てきた。「大学にはまだ、この状況を何とかしたいという良心が残っていると感じる」。教養という言葉だけが躍りがちな今も前向きに捉え「教養本を読んでも教養が身に付いた気がしないと気付いたときに、本当の教養とは何だろうと考えてくれたら」と期待を込める。
 筑摩書房・一九八〇円 (松崎晃子)

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