町外れの廃屋で 美しくも、あまりに危険な遊戯

2020年6月7日 07時33分

高度経済成長期に未曽有の被害をもたらした水俣病は、熊本県水俣市の新日本窒素肥料(現チッソ)水俣工場から排出された有機水銀によって引き起こされた

 小学校の頃のことを思いだしいろいろ書いていると、人間のアタマはとてつもないことを記憶しているんだな、ということがわかり、びっくりすることがある。
 先月のコッペパンのコロッケサンドなどは、今とはちがっていて、たぶん子供の頃の味はみんな飛び抜けてうまかったから記憶の底にしみついていたのだろうと思う。
 その一方で今思うと非常に怖い記憶がある。小学生ではその怖さがわからず、大人になってその無謀と危険を知り背筋が凍るような気分になった。
 事件の場所は町外れにあった廃屋である。中は何かの工場とその事務所のようになっていて「あそこはドロボウが隠れているところだ」とか「盗んだものを隠しているところだ」などとみんなでよく言いあっていた。中に入るとネズミがいっぱい、ヘビなどもいた。そこに夕方遅い時間に入り込んでいくとタタリがある、とも言われていた。だからおっかなびっくりの空き家探検隊そのものだった。
 ゴミのたまった台所のようなところを棒で探っていると試験管が束になって出てきた。学校の理科室にあったのと同じだからすぐにわかった。なおもいろいろ探っていくとひしゃげた箱の中から銀色の細くてきれいな棒が二十本ほど出てきた。そのうちの何本かはすでに割れていてなかの銀色のものはなくなっていた。
 「やった! これぞ宝の銀だ。金も見つかるかもしれないぞ」ぼくたちはいろめきたった。コーフンしてそれをひっぱりだしているうちその中の一本が割れて中の銀が流れ出てしまった。そのあたりで、これは体温計に入っている水銀らしい、ということがわかった。でも銀は銀だ。細長いガラス管に密閉されている。
 サカサマになっていたカナダライをきれいにしてそこに全部の管を壊して水銀を入れた。水銀は大小いろいろな大きさの玉になってコロコロよく転がった。小さなもの同士が触れ合うと一体化してより大きな玉になるのが生き物みたいでたいへん面白い。たくさんの小さな水銀玉にしたり、大きなのを五、六個つくるなどということをして遊んだ。カナダライを斜めにするとそういういくつかの銀色玉の競争のようになる。
 誰かがもっと大きなのにしようと指でつまんだけれど、指ではどうやってもつまめない、ということがわかった。
 小さなトタン板を見つけてそれですくいあげると水銀玉の移動ができた。慣れてくるとそれを手のひらにのせてその上で転がして遊んだ。
 帰りにそこらで拾ってきた茶碗(ちゃわん)にそれをまとめて入れ、ぼくの家に隠しておくことになった。なんとなく大人に見つかるとおこられそうな気がしたのだ。さて、ぼくの記憶はそこまでで、その茶碗にいれた水銀をどこへどうしたか、の記憶がない。その後中学ぐらいになって水銀汚染の水俣病のことなどを知り少し賢くならねば、と思った。(作家)

PR情報