藤井聡太七段が「普段通り」のスーツで、タイトル戦初勝利<棋聖戦第一局>

2020年6月8日 22時09分

棋聖戦第1局で渡辺明棋聖に勝利し、記者会見する藤井聡太七段= いずれも東京都渋谷区の将棋会館で

 将棋の藤井聡太七段(17)が渡辺明棋聖(36)に挑む第91期棋聖戦5番勝負が8日開幕し、157手で先手番の藤井七段が先勝した。史上最年少の17歳10カ月20日でタイトル挑戦を果たした藤井七段は、初戦での勝利に「自分でも充実していると思う」と振り返った。初めて臨んだひのき舞台での戦いぶりをリポートする。(文化部・樋口薫)

◆最高峰の戦い

 長い長い王手が続いた。最終盤、渡辺棋聖が藤井七段の玉に猛攻をかける。既に後手玉には受けがなく、渡辺棋聖は相手玉を詰ますしか勝ちはない。「これは危ないですよ」。解説のプロ棋士も頭を抱える難解な局面。もし藤井七段が1手でも間違えれば、即負けになる緊迫した状況は30分以上続いた。しかし、藤井七段の指し手は最後まで正確だった。中段を遊泳した先手玉は、ついに安全地帯に逃げ込み、渡辺棋聖が力なく頭を下げた。

タイトル戦初出場で初勝利を挙げ、対局を振り返る藤井聡太七段 (日本将棋連盟提供)

 今シリーズは前評判で「最高峰の戦い」といわれた。タイトル獲得経験もある中村太地七段(32)は「藤井七段は順当に挑戦者になった」と評する。デビューから負けなしで前人未到の29連勝を記録した3年前と比べ「安定感が圧倒的に上がった」と成長ぶりを強調する。「序中盤で不利になることがなくなり、中終盤もさらに強くなった。まさに隙がない。仲間内でも、今回は藤井七段が挑戦者になるという空気が流れていた」
 その前に立ちふさがる渡辺棋聖は、タイトルを通算25期獲得している大棋士。これは歴代で5位、現役では3位の数字だ。棋聖のほかに棋王、王将の三冠を保持し、今期は名人戦の挑戦者にもなっている。4月には昨年度のMVPに当たる「最優秀棋士賞」も受賞し、まさに「現在、最強の棋士」といえる。

◆渡辺棋聖の「予言」

 藤井七段が連勝街道を走っていた3年前、渡辺棋聖は本紙の取材にこう答えていた。「将棋の強さは頭の良さを競っているところがある。中学生でこれだけ高度な将棋を指せるのは、相当頭がいい証拠。今は、どのくらいの天才なのかを測っている段階です」

藤井聡太七段を迎え撃つ渡辺明棋聖。三冠を保持する第一人者だ(日本将棋連盟提供)

 タイトル挑戦がいつになるかという質問には「羽生(善治)さんが19歳、屋敷(伸之)さんが18歳(で獲得)なので、高校生での挑戦もある。でも立つ瀬がないから『17歳くらいにしてくれよ』と思ってます」。冗談交じりにとはいえ、渡辺棋聖はその時をぴたりと言い当てていた。
     
 その渡辺棋聖が開幕前、「間違いなく将棋史に残る戦い」と表現した今期の棋聖戦5番勝負は、新型コロナウイルスの影響により、異例の進行となった。

◆「勝手が分からず」

 通常のタイトル戦は全国を転戦するが、開幕局はいつも公式戦が指される東京・将棋会館での開催。対局者の服装も和服が常のところ、藤井七段はスーツ姿で現れた。コロナ禍により、挑戦者決定戦からわずか4日後の開幕という強行日程となったため「勝手が分からず、和服は第2局以降という形にした」という。
 ただ、裏を返せば、指し慣れた会場で、いつもの服装で指せるという環境は、初の大舞台に臨む藤井七段にとっては好材料だったともいえる。白い和服で貫禄十分の渡辺棋聖を前にしても、対局開始を待つまでの間、マスク越しに見える表情はいつもと変わらず、落ち着いているように見えた。

◆「矢倉」で意表突く

 先手後手を決める「振り駒」の結果、先手は藤井七段に決まった。将棋は作戦を主導できる先手がやや有利とされる。藤井七段が大一番に用意した作戦は「矢倉」だった。これまで高い勝率を誇った得意戦法の「角換わり」が本命とみられただけに「意外」の声も上がった。渡辺棋聖も終局後「意表を突かれたところはあった」と明かした。

対局室での取材は制限され、全員がマスク姿のものものしい開幕戦となった(日本将棋連盟提供)

 「矢倉」は江戸時代初期から棋譜の残る、将棋の最もオーソドックスな戦法だ。しかし近年のAIの台頭による環境の激変を受け、将棋界全体で採用回数が減っていた。何より「意表の選択」ととらえられた最大の理由は、経験豊富な渡辺棋聖の得意戦法でもあるためだ。これまで研究が尽くされている昔ながらの局面に誘導した藤井七段だが、そこから中盤までは、互角以上の内容で指し進めた。まさに、この3年余りで向上させた「序盤力」を見せつける展開となった。
 この棋聖戦では、藤井七段の大舞台での戦いぶりが注目された。渡辺棋聖は、特に番勝負で無類の強さを発揮することで知られる。これまでタイトル戦に33回登場し、25期獲得している。獲得の成功率は76%で、一時代を築いた羽生善治九段(49)の73%をしのぐ。特筆すべきは、1度も年下とのタイトル戦に敗れていない点だろう。中村七段も「相手に応じた総合的な戦い方にたけている。藤井七段対策が見もの」と語っていた。

◆中盤で巧者ぶり見せた棋聖

 渡辺棋聖が試合巧者ぶりを発揮したのが、中盤以降の指し回しだった。選択肢の広い場面でも決断良く進め、「思い付かない手を指された」という藤井七段が、時間を使って考える場面が目立つようになった。持ち時間各4時間の対局の中で、両者の残り時間の差が1時間以上開く場面もあった。

初手を指す藤井聡太七段。予想の本命ではない手を選択した(日本将棋連盟提供)

 しかし、藤井七段はそこで崩れなかった。短い考慮時間で最善手を連発し、優劣不明のまま終盤に突入。鋭い踏み込みで後手玉を追い詰めた。渡辺棋聖の最後の追い込みには「分からないまま指していた」と振り返るが、間一髪の見切りはさすがの終盤力の表れだった。終始押し気味に進め、ミスなく完勝したといえる内容だった。

◆大舞台「集中できた」

 これまでタイトル戦という大舞台の重圧に、多くの棋士が頭を悩ませてきた。しかし藤井七段は「環境を整えていただき、集中できた」と終局後に語ったように平常心で、いつも通り、あるいはいつも以上の実力を発揮した。「番勝負を通じて成長したい」と語った17歳は、いかなる高みまで上りつめるのか。28日の第2局に向け、期待は高まるばかりだ。

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