「あの人」のこと 久世光彦(くぜ・てるひこ)著

2020年5月16日 02時00分

◆魅力引き出す親しい眼差し

[評]美村里江(女優、エッセイスト)

 演出家に求められることは様々だが、これまでテレビドラマなど八十ほどの作品に参加してきた私の持論。「幅広く人間全般に好意を持っている」というのが、この職業にとって重要ではないかと思う。
 その観点で久世光彦さんは間違いなく一流の演出家だった。本書以外にも多数のエッセイを拝読してきたが、筆致から常に伝わってくるのは「人間好き」な久世さん自身の姿である。そんな人が「あの人」について書くのだから、面白くないわけがない。私の好きな脚本家の向田(むこうだ)邦子さんを筆頭に、共演したことのある先輩方にも長年注がれ続けた久世さんの眼差(まなざ)しを、少し挙げてみよう。
 四十年交流のある樹木希林(きききりん)さんについて、CMでの大活躍ぶりを讃(たた)えつつ「この人の印象だけは、滑稽なのにどこか切なく、笑った後に妙に悲しく残る」と表現する。一年に一度、<向田邦子新春シリーズ>のナレーション収録時にだけ会っていた黒柳徹子さん。収録前後に一時間ずつ、ほぼ一方的に黒柳さんが話すが「むしろ喋(しゃべ)りっぱなしでいることで、より相手と深く優しく交流しているのである」とその魅力を解析する。
 「人の心の中の、さまざまな矛盾を、不用意といっていいくらい正直に、表へ出すようになった」小泉今日子さんの変化を、二十年の時を経て目撃する。また別の時は、宮沢りえさんの演技をさらに引き出すため、芝居で寄りかかる障子を倒れるように細工し、思惑は成功。「羽化した」宮沢さんを手放しで称賛する。岸部一徳さんの名付け親は樹木さん。小林薫さんは年下なのになんだか懐かしいやつ。そうそう、森繁さんてそんな御仁(ごじん)でしたよね……。
 ハッと我にかえる。
 私は森繁久彌(ひさや)さんと面識はない。知らない人も知っている気分になってしまう、そんな随筆群なのだ。それ以外にも、なかにし礼さんと阿久悠さんの項目では夥(おびただ)しい詩歌と歌詞の引用があり、圧倒的な知識量が垣間見られる。
 役者でなくとも「久世さんと仕事してみたかったな」ときっと思ってしまう本だ。
(河出書房新社・1870円)
1935~2006年。演出家、テレビプロデューサー、作家。著書『聖なる春』など。

◆もう1冊 

久世光彦著『向田邦子との二十年』(ちくま文庫)

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