ファシズムはどこからやってくるか ジェイソン・スタンリー著

2020年4月26日 02時00分

◆政治手法 現代にも類例が

[評]菅原琢(政治学者)

 この言葉を聞けば、多くの人はナチス・ドイツの政治体制とその蛮行を想起する。そのため、現代の日本とは無縁の言葉と感じる人も多いだろう。ファシズムは、それだけ“どぎつい”言葉だと言える。
 本書は、ファシズムの政治手法、あるいは“生態”に光を当てるものである。社会を「我々」と「やつら」に分断し、後者を排撃することでファシズムは伸長する。その手順を解説、例証する形で本書の議論は展開される。
 まずファシストは、「我々」の栄光の過去を捏造(ねつぞう)し、不都合な歴史を否定し、大学や学者を攻撃し弱体化させ、民主的価値観を堂々と否定する「本音で語る」扇動政治家として台頭する。さらに被害者意識や性的不安に訴えて「我々」の支持を獲得する。権力の座に就けば、法と権力を用いて「やつら」をさらに追い込む。たとえば微罪で前科を量産し、より良い就職の機会を奪うことで、「やつら」は犯罪者で怠け者だという虚構を現実に変えるのである。
 ここで重要なのは、ナチスのような典型例に限定せず、黒人や移民を「やつら」とした米国の事例を数多く取り上げた点である。本書は、ファシズムが跋扈(ばっこ)する祖国ドイツから逃れた家族をルーツとする著者が、自国にファシズムを見出(いだ)したという、悲しくも皮肉な物語なのである。
 当然このような議論は米国の一部で強い反発を招いた。しかし、熱烈なトランプ支持者による反知性主義と罵詈雑言(ばりぞうごん)にまみれた「書評」の類は、どう転んでも本書の議論の補強材料にしかならない。これもまた皮肉である。
 ただし本書を反トランプ本ととらえるのは的外れである。本書の意義は、ファシズムの実態を小分けにすることで、その言葉の“どぎつさ”をやわらげ、類例を現代の中に発見しやすくしたことにある。これによりファシズムは、米国外の住人にとっても決して無縁ではなくなるのだ。
 現代でも「斜陽の帝国は特にファシスト政治の影響を受けやすい」のなら、世界的危機が続く今こそ本書の知見を備えておきたい。
(棚橋志行訳、青土社・2200円)
1969年生まれ。米イェール大哲学教授。専門は言語哲学と認識論。

◆もう1冊

佐藤優著『ファシズムの正体』(集英社インターナショナル新書)

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