サンセット・パーク ポール・オースター著

2020年4月26日 02時00分

◆すれ違う心 誰もが抱く孤独

[評]中江有里(女優、作家)

 本を読むタイミングは偶然ではないと思っている。本書に流れる空気が懐かしく感じられるのは、ほんの少し前まで当たり前に思っていた日常と現実との乖離(かいり)があるから。
 オースターが原書を著(あら)わしたのは今から十年前。皮肉にも人とのソーシャルディスタンス(社会的距離)を意識しなければならない現実と、小説における他人と一つ屋根の下で暮らす孤独は、妙に親和している。
 主な舞台は霊園のそばの廃屋。四人の男女はそれぞれのっぴきならない理由と経済的問題を抱え、そこに不法滞在している。家賃はなし、電気と水道はなぜか通っているので不自由はない。
 もちろん仮の住まいであることはみな承知している。いずれ居場所を失う運命を共にする住人たちの心は微妙にすれ違っている。
 中心にいるマイルズは母に見捨てられ、義兄を亡くし、名門大を中退したのちに、いわくつきのシェアハウスにたどり着いた。野心のないマイルズは若くして余命を数えるような覇気のなさ。彼を支えるのは、十代の恋人ピラールの存在だった。
 章ごとに視点は変わり、恋が始まったり、長年のパートナーに飽きたり、自分でも気づかなかった性癖があらわになったりする。マイルズの両親は、離れていった息子を心配するが、親子の思いはどこまでも交わらない。
 細かなストーリーはさておき、読み進めるうちに、それぞれが抱く孤独の達観と、それでも人と交わりたい欲望が八方に広がってきた。
 この世には約七十七億の人がいて社会は回っている。社会を形成する一員である個人は、それぞれ別の生き物だ。親子、恋人はつい互いを同一に思いたがるが、どんなに愛していたって、個々の距離はなくならない。
 それを痛感するのは物語のラストかもしれない。いきなり穴に落とされるようなショックとともに、現実に帰る。どちらの世界も所詮(しょせん)一人だ。その思いをフィクションは人々に共有させる役割がある。 今読むべき一冊だ。
(柴田元幸訳、新潮社・2420円)
1947年生まれ。現代米国文学を代表する作家の一人。著書『幽霊たち』など。

◆もう1冊 

ポール・オースター著『ブルックリン・フォリーズ』(新潮社)

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