結ばれたロープ ロジェ・フリゾン=ロッシュ著

2020年4月19日 02時00分

◆山の生活 成長する若者たち

[評]海津正彦(翻訳家)

 アルプスの最高峰モンブランのお膝元、シャモニーは、今や世界的な大観光地だが、百年前は農業と牧畜が中心の田舎だった。そこにイギリス人が登山文化を持ち込み、山麓を知る地元民を案内に雇って、高峰を次々初登頂し、急峻(きゅうしゅん)な岩場や氷壁を登攀(とうはん)した。
 いっぽう当時の山案内人は生業(なりわい)を別に持つ兼業ガイドなので、組合をつくり、畑仕事や山仕事、牧人としての仕事などと折り合いをつけながら、山案内に勤(いそ)しんでいた。
 そんな中、シャモニーに程近いドリュ針峰(しんぽう)で遭難事故が起きた。リーダーの案内人が雷に直撃されて死亡し、遺体は困難な岩場の上部に置き去りにされたままだという。
 シャモニー谷は大騒動となり、ガイド組合の組合長はじめ、ベテランの山案内人や若手の補助ガイドたち、町の酒場の店主やホテル経営者などが協力して、なんとか遺体を収容することができた。
 この一連の出来事が若いガイドたちに大きな影響をもたらし、精神や身体(からだ)に傷を負う者も出てきた。だが若者たちは、シャモニー針峰群の岩場と麓の牧草地を舞台に体を動かし、互いを思いやり、恋も芽生えて、苦境を乗り越え成長していく。本作は山岳小説であり、教養小説でもある。
 作者フリゾン=ロッシュは、地元民以外で初めてシャモニー・ガイド組合員となった登山家であり、作中の遭難事故も、「赤毛」と呼ばれる老ガイドや登場人物たちもみな、事実を下敷きにして、迫真の物語に仕上げている。
 この小説は一九四一年の発表当時から評判となり、日本でも近藤等訳ですでに白水社から翻訳出版されているが、今般の新訳は、著者の没後十周年を記念して二〇〇九年に出た新版を基に編集しており、作品の舞台となっている氷雪の高嶺(たかね)や岩場、山麓、建物、人物など、当時の写真をふんだんに転載している。その写真を虫眼鏡で拡大しながら見るのは楽しい。また、行動描写が正確で、セガンティーニの絵画を髣髴(ほうふつ)させるアルプの光景や若者の迸(ほとばし)る情熱、心の揺らぎなど、すべて丁寧に書き込んでいるのも魅力だ。
1906~99年。フランスの作家。フランス山岳ガイド組合の会長も務めた。
(石川美子訳、みすず書房・4180円)

◆もう1冊 

ニコラス・オコネル著『ビヨンド・リスク-世界のクライマー17人が語る冒険の思想』(ヤマケイ文庫)

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