本心<269>

2020年6月13日 07時00分

第九章 本心

「この映画、どうして娼婦(しょうふ)の女の子とタクシードライバーの組み合わせだと思う?」
 三好は、不意に尋ねた。僕が答えに窮していると、
「二人の共通点、何だと思う?」
 と言い足した。
 僕は、曖昧に、
「孤独、……ですか?」
 と答えた。
 三好は、少し下を向いて黙っていた後に、
「次の客は、クソ野郎じゃなかったらいいなって、独りになったあとで、溜息(ためいき)を吐(つ)きながら思うところ。」
 と言った。僕は、暗がりの中で、目ばかりが光に潤っている彼女を見つめたまま、小さく相槌(あいづち)を打った。今の彼女は、会話の中で決して「クソ野郎」などとは口にしなかったが、そう言えば、初めて居酒屋に一緒に行った時にも、義父のことはそう呼んでいたなと、僕は思い出した。
 セックスワーカーだった頃、三好はどんな風にして、一人の接客を終え、次の客が来るまでの時間を過ごしていたのだろうと、僕は想像しかけて、それを慎み、ただその心情だけを思い遣(や)った。
「だったら、リアル・アバターだって、同じですよ。」
 僕がそう言うと、三好は微笑して、
「そうかもね。……でも、閉じ込められてる感じが、ね。……次が誰か、本当にわからないまま待ってる。窒息するまで首絞めて興奮してるような異常者もいるし。……」
 と言った。
 僕は、三好が被った暴力に対して、男として申し訳ないような気持ちになった。僕はその「クソ野郎」を憎悪したが、状況次第では、自分もそうなり得るのだろうかと考え、遣る瀬ない気持ちになった。
 閉じ込められてしまえば、人生は、ただもう運任せだろうか、と僕は考えた。トラヴィスや岸谷のように行動を起こしてみたところで、一体、何が変わるというのだろうか? 結局は、“心の持ちよう主義”しか、耐え忍ぶ手立てはないのか。もっと良い人生があったはずとは、決して夢見るべきではないのだろうか。……
(平野啓一郎・作、菅実花・画)
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※6月9日付紙面掲載

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