<ふくしまの10年・「消えた障害者」を捜して>(6)阪神大震災、原点に

2020年6月9日 08時55分

阪神大震災が再出発の原点となった=神戸市長田区で


 社会福祉法人かがやき神戸理事の松本多仁子理事(66)は二〇一一年三月末に福島に応援に入り、避難所調査や南相馬市で訪問活動にあたった。一九九五年の阪神大震災は、松本さんら障害者を支える人たちにとって苦い思い出であり、再出発の原点でもある。
 当時、松本さんは無認可作業所を運営していた。「無認可への行政の家賃補助は月一万五千円。借りられるところは限られ、長屋とか壊れかけたビルの一室とかだった。地震で建物がむちゃくちゃになった所も多かった」。発生が人が出入りしない早朝だったのは幸いだったが、復旧に公的支援はなかった。
 命を守る場をつくろうと、社会福祉法人設立に奔走し、街頭で募金活動をした。「仲間の中には、そこまでいけずに倒れてしまった人もいる。何年たっても震災時の映像は見られませんという人もいる。私も直視できない」
 阪神大震災でも避難できない障害者たちがいた。「避難所に車いす用のトイレもなかった。トイレに行かずにすむよう水も食べ物も口にしないという人もいたし、壊れかけた家に戻った人もいた」
 東日本大震災でも、熊本地震(二〇一六年)でも、阪神大震災の教訓は十分には生かされていないと感じる。
 熊本地震で、松本さんは大きな被害があった益城町の障害者の自宅を訪ねて回った。「益城は農村なので農機具を入れる倉庫がある。家が壊れても避難せず、倉庫で障害者とご家族が一緒に暮らしていたりした」
 新型コロナウイルスでの緊急事態宣言で、地方自治体の首長から障害者を気に掛けているような発言が聞かれなかったことに、松本さんは落胆している。「障害者は、いろんな時に忘れられちゃう」

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