ポラリスが降り注ぐ夜 李琴峰(り・ことみ)著

2020年4月19日 02時00分

◆レッテルを逃れ、もがく

[評]江南亜美子(書評家、京都芸術大講師)

 コロナ禍は、個人の自由と社会のあり方について再考を促す契機となったが、本作もまた、一人ひとりの「私」とその集合体である社会の関係を問い直す小説である。
 舞台は新宿二丁目。日本でも有数のゲイタウンの、レズビアンバーが並ぶ一角に、「ポラリス」という小さな店はある。物語はそこでひとときを過ごす、バックボーンも国籍も、セクシュアリティも異なる七人の「女性」たちの人生の断片を描き出していくが、「女性」と括弧(かっこ)つきにしたのは、男女の生物学上の区分をはじめとする、世の二分法自体にあらがうことを通奏低音とする作品だからだ。
 両性愛者の不実さに泣かされた女性は一夜限りの出あいを求めるが、その相手は「完璧なレズビアン」もいないと痛感している。男にも女にも恋愛感情をもたないアセクシュアル(無性愛者)の中国人女性は、寒さからつないだ同性の手に安堵(あんど)する。
 どの人物にも過去があり、葛藤の傷痕をもつ。なかでもかつて台湾のひまわり学生運動に参加した女性は、国会占拠の際に惹(ひ)かれた人が男から女へのトランスジェンダーだと知り、こう悟る。「境界線が描けないところに無理やりその線を入れるという行為は(中略)どうしても暴力的に思われた」。一方そのトランスジェンダーは、母国を出ても、国と性の両方ともに自分の帰属性を感じられない。
 彼女らに共通するのはマイノリティーとのレッテル貼りへの抵抗だ。世界が押し付ける枠から逃れ、個別の身体と事情を持つ人間として、アイデンティティーと自由を死守すること。それに伴う緊張と痛みを、本作はソリッドかつ繊細な文体で描出していく。
 セクシュアル・マイノリティーを描きながら普遍的な物語として説得力があるのは、精神の居場所を求めてもがく姿が切実だから。ゆえにポラリスの店主が別のバーのママから掛けられた言葉は温かく響く。「私達はずっとここにいるの。常に複数形で、いるのよ」。これは、ありうべき共生社会を二丁目のバーに仮構した、私達の物語なのだ。
(筑摩書房・1760円)
1989年、台湾生まれ。2013年に来日後、第二言語の日本語で小説を発表。

◆もう1冊 

李琴峰『独り舞』(講談社)。デビュー作。性的少数者を描いた。

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