歴史人口学事始め 記録と記憶の九〇年 速水融(あきら)著

2020年4月12日 02時00分

◆先駆者がつづる知的「自伝」

[評]粂川麻里生(くめかわまりお)(慶応大教授)

 書名は『歴史人口学事始め』となってはいるが、本邦におけるこの学問分野の先駆者であった著者の「自伝」と呼ぶべき構成を持っている。
 なにしろ、看板に逆らって(?)、「歴史人口学との出会い」という章が始まるのが三百三十二ページ中で二百二十六ページ目である。そこまでは、一九二九年生まれの著者が、戦争の時代に翻弄(ほんろう)されながら、幼稚園時代から鉄道マニアになったこと、てんかんが持病になったこと、飛び級したこと、「劣等生」になったこと、戦争で学業が中断したこと、鬱(うつ)状態になったこと、宇沢弘文氏や網野善彦氏といった大秀才の学友や同僚を得たこと、月島常民研のスタッフになったことなどなど、山あり谷ありの人生行路が、しばしばユーモラスな筆致で描写されているのである。しかし、本書を読む人は、読書の半ばですでに気付くであろう。これがやはり「わが国の歴史人口学がどのように始まったのか」についての書物であることを。
 いわゆる「昭和ひと桁」の世代である著者の少年期は、戦争によってこれ以上ないほどふり回された。為政者たちや社会全体の動き方によって、世の中の方向づけや人々の運命がいかようにも変わってしまうことを、頭ではなく全身で感じた速水少年にとって、やがて「歴史」は自らの足場を見いだすためにぜひとも必要なものとなる。しかし、その歴史はときどきの時勢に支配されるような歴史観によるものであってはならなかった。
 紆余曲折(うよきょくせつ)をへながら著者は、江戸期の宗門改帳(しゅうもんあらためちょう)を収集分析することで、近世以前の人々がどのような社会の中で、どのような生活を営んでいたのかを見事に再構成する方法を開発したのである。
 慶応大から国際日本文化研究センターへと移りながら研究を続け、昨年暮れ九十歳で急逝した著者は、歴史人口学の観点から、現代社会運営のためのさまざまな学問的指針を残した。少子高齢化、新型ウイルスの流行といった焦眉の問題に、あくまでもポジティブな姿勢で真っ向から取り組んだ学問が、すでに存在しているのである。
(ちくま新書・1100円)
慶応大名誉教授。2019年12月、90歳で死去。著書『歴史人口学研究』など。

◆もう1冊

速水融著『歴史人口学の世界』(岩波現代文庫)。歴史人口学の入門書。 

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