<ふくしまの10年・「消えた障害者」を捜して>(7)SOSためらう壁

2020年6月10日 06時55分

原発事故の後、障害者支援の拠点となったぴーなっつ=福島県南相馬市原町区で

 建物の段差や制度上の不備−。障害者を「消えた」存在にしてしまう要因はいくつもある。さらに根底には社会の意識がつくる壁があると、JDF被災地障がい者支援センターふくしまの元事務局長、和田庄司さん(63)は言う。
 「障害自己責任論。生産性ねえことは悪いことだというのがある。能率、効率、生産性が優先される」。親は、周囲に迷惑を掛けないよう自己責任で子の世話をしなければという意識にとらわれ、災害時にもSOSを発するのをためらってしまう。
 福島第一原発事故の後も南相馬市で障害者支援を続けた「デイさぽーと ぴーなっつ」を運営するNPO法人は、グループホームや夜間の預かりをするショートステイをつくる計画を進めている。

 ぴーなっつ施設長の郡信子さん(59)には悔しさが残る。「利用者六、七人が震災後、次々と亡くなっている。避難で命を縮めたんじゃないかな。震災関連死の申請はしていないと思うけど。変な言い方だけど、ころっと亡くなる」
 知的障害のあった六十代の女性は、親戚の家に避難して二、三日で下痢や嘔吐(おうと)の症状が出た。南相馬に戻ってぴーなっつに通っていたが、震災から二、三年後に突然亡くなった。
 今年も筋ジストロフィーの女性がベッドから転落して亡くなった。双葉郡内を転々とし、昨年、南相馬市内の復興住宅に入居してぴーなっつに通うようになっていた。「震災前には十数年、誰も亡くなっていない。自分としては異常な事態だと思っている」
 親が全てを抱え込んだり、利用者が自分の望む人生を送れなかったりする社会を少しでも変えていきたい。その思いが新たな施設をつくるという挑戦につながっている。

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