オーケストラ 知りたかったことのすべて クリスチャン・メルラン著

2020年3月29日 02時00分

◆「音楽家の集合体」舞台裏に迫る

[評]茂木(もぎ)大輔(指揮者、元NHK交響楽団首席オーボエ奏者)

 著者は『フィガロ』紙で長年、音楽批評を担当しているフランス人。とても共感できるのは、オーケストラを「名門」ブランドとして捉えるよりも、個々の奏者一人一人に注目して「音楽家の集合体」として紹介してくれているところ。膨大な実名での取材、証言は著者がウィーン・フィル、ベルリン・フィルをはじめ世界中のオケマンと親交があったことを感じさせ、オーディションの内幕、ダメな指揮者が来た時の心底の怒り、決裂の揚げ句中止に追い込まれた演奏会など、「これ書いて本当に大丈夫?」とハラハラするような内容もかなり含まれている。
 一方、驚くほど多くの指揮者も実名で登場する。豊富なインタビューや資料調べの蓄積が反映していて読み応えが十分。中でも、デュトワ、マゼール、プレヴィン、パーヴォ(ヤルヴィ)をはじめ、かなりのマエストロはN響にも客演して僕も共演している。「さもありなん!」とか「あの人世界中で同じようなことを…」などと、時には爆笑苦笑し、膝を打ちながら読んだのは、この本が決して独断や偏見の産物でないことを保証できる事実と言えるだろう。
 個人的に最も印象深かったのはやはり第三部の「指揮者との関係」だった。ここではオケに君臨する指揮者と、それぞれのプロとしてのプライドを持ったオケの、長い対立の歴史が鮮明に描かれる。しかし、こうした対立の構図を乗り越えて世界的巨匠となり、オケから深く愛されて尊敬されたマエストロもいる。オーケストラの人生は、よく安易に語られるように「すべてが素晴らしい」わけではない。むしろ、退屈と忍耐の日々であるとさえ言える。しかし、だからこそ「本当に凄(すご)い」時の演奏は生涯忘れられないものになるという「真実」が、指揮者サロネンの言葉を借りてこの本を感動的に締めくくっている。「指揮者とオーケストラがともに飛び立つ、まさに夢心地の瞬間だ」
 (なお、コンサートマスターを「第一ヴァイオリン奏者」とするなど、いくつかの齟齬(そご)が惜しまれる)
(藤本優子・山田浩之訳、みすず書房・6600円)
1964年生まれ。文学博士。リール第3大音楽学准教授。

◆もう1冊 

茂木大輔著『決定版 オーケストラ楽器別人間学』(中公文庫)

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