指揮に「不服従」も…

2020年6月10日 07時06分

 検察は動かず−やきもきどころか、腹立たしい近年だった。モリ・カケ疑惑もそう。国有地を不当に安く売却しても、おとがめなしとは。決裁文書を改ざんしても「全員不起訴」−どういうことか。
 一九九〇年ごろ、検察庁を担当した者には不可解だった。当時、ロッキード公判は終わっていたが、リクルート事件は公判中。数多くの経済事件とともに政界捜査は特捜検事の宿題みたいなものだったと思う。九三年には金丸信・自民党元副総裁を逮捕している。
 仮に検察庁法の改正案が可決・成立していたら、特捜検察の「宿題」が消えるかもしれない。そう思った。政府が認めた人物だけを優遇する特例人事を法制化すれば、政治にすり寄る検察官も生まれよう。
 だが、現行の検察庁法でも「指揮権」はある。法相が検事総長のみを指揮する規定だ。だが意に沿わない指揮だったらどうするか−。「ミスター検察」と呼ばれた伊藤栄樹氏は昔、著書に「不服ながら従う」「指揮に従わない」「官職を辞する」の趣旨を記した。
 「不服従」の選択肢が政治的に大問題となった。「検察の暴走を招く」と−。確かに検察の正義が正しいとは限らない。が、検察が動き、国民の一定の信頼を得た時代には「不服従」の言葉には含蓄が感じられた。それにしても「検察は動かず」では…。巨悪の存在は明らかなのに。 (桐山桂一)

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