コレットの地中海レシピ シドニー=ガブリエル・コレット著

2020年3月15日 02時00分

◆五感刺激する読み心地

[評]平松洋子(エッセイスト)

 「恋なんて三行ですんでしまう。それに比べて、住まいを語ること、どんなふうに暮らしてきたかをおもいおこすのは、とてもたのしく、わくわくする思い出なの」
 スキャンダラスな恋愛遍歴を持ち、自立した女性の先駆けとなったコレットが言うのだから、説得力はけた違い。
 フランスの流行作家としてその名を轟(とどろ)かせたシドニー=ガブリエル・コレットが本書で綴(つづ)るのは、地中海での暮らしと料理について。百五十四ページの薄手の本でありながら、むせかえるほどの豊満な香り。地中海の輝きが舞い踊る特別な読み心地は、さすがはコレットだと唸(うな)ってしまう。
 一八七三年、ブルゴーニュの寒村で生まれ、パリを舞台に華々しい生活を送るコレットは、六十歳を間近にしてプロヴァンスに別荘をつくる。海に囲まれた土地での日々を綴る筆致は、自然を享受する悦(よろこ)びにあふれ、すこし陶酔的。プロヴァンスの贈り物に言葉をあてがいながら、光や木陰や風を逃がすまいとするかのようだ。行間から匂い立つ貪欲、奔放、気骨、官能。
 コレットの愛する料理のおいしそうなこと! 仔羊(こひつじ)の蒸し煮、塩入りカフェオレ、にんにくたっぷりのアイヨリソース、炉の灰で焼くビーツ、オレンジの香りの酒、赤ワインソースの半熟卵、木苺(きいちご)のタルト……五感を刺激され、たまらない。いずれの料理にも二十世紀初頭の食通の好みがたっぷりと反映されているのだが、時代遅れなどとんでもない、百年二百年をものともしない味ばかり。コレットはレシピを否定したから、「作り方」の記述は訳者が要諦を押さえ、簡潔にまとめた。
 娘のピクルスを褒めるコレットの文学的表現も味がある。「このお酢の中に、青ざめて沈殿しているエキスが、仔牛の冷製肉のまずさにアクセントをつけ、その味をたのしくする」
 親交の深いマリー・ローランサンへの手紙、プルーストから届いた手紙などが花を添え、なんとも贅沢(ぜいたく)な読み応え。コレットを愛する訳者が三十年、刊行を温めてきた情熱を結実させた一冊である。
(村上葉(よう)編訳、水声社・2200円)
1873~1954年。フランスの作家。著書『青い麦』『シェリ』など。

◆もう1冊

コレット著『青い麦』(光文社古典新訳文庫)。河野万里子訳。

関連キーワード

PR情報