夜(よ)告げ鳥 初期作品集 三島由紀夫著

2020年3月15日 02時00分

◆幻の自選集 没後50年経て

[評]佐藤秀明(近畿大教授、三島由紀夫文学館館長)

 面白い企画の本である。若い三島由紀夫が編集し目次まで作って実現しなかった本を、没後五十年を迎える今年になって作ってみたものである。一九四八年、三島二十三歳のときだ。まだ『仮面の告白』を書く前で、文壇からは冷ややかに見られていた。才能はありそうだが本物か、と言われていたのである。
 一見するとホテルのバイキング料理のような何でもありの作品集である。難解な川端康成論もあれば、歌舞伎の見巧者を衒(てら)った澤村宗十郎論もあり、気取って正体のつかみにくい詩もあり、擬古文ふうの物語や神話的な小説、婦人雑誌向けのコント、抑制された抒情(じょじょう)の現代小説もある。どれも戦中から敗戦直後の作品だが、撃ちてしやまんの声も焼け跡の匂いもない。古臭くないのである。
 「三島由紀夫」というネームを剥(は)がして、二十三歳の新人の作品集として出せば、乱費とも思える豊かな才能と、若さと老成をつき混ぜたような文章技術には、今も当時も、人は舌を巻くにちがいない。やはり本物である。
 雑然としたこの作品集を後知恵で読むと、『仮面の告白』を生み出すための準備であったかのように見える。『仮面の告白』であからさまに語られる三島由紀夫の存在の深部が、本書の諸作では抑制され、文学的技巧の中で微(かす)かに息づくようにとどめられている。お洒落(しゃれ)で高踏的でさり気ない風情をしている。だから作者の本心がわからない、作者の人生と関係のない文学などと評され、『仮面の告白』で一気に噴出したのである。
 詩「詩人の旅」に、「わが居る処(ところ) 常に/わが居るべからざる処の如し」という一句がある。この存在論的な違和感が諸作を通じて底辺にあり、『仮面の告白』につながっている。マイノリティーの性を題材とした『仮面の告白』は、まさに「わが居るべからざる」ことの悲痛な心情を描き、三島の実力を認めさせた小説である。
 井上隆史の「解説」が、各作品の成立事情を懇切丁寧に説明しており、踏み込んだ三島由紀夫論にもなっている。
(平凡社・2200円)
1925~70年。作家。作品に『潮騒』『金閣寺』『サド侯爵夫人』など。

◆もう1冊

大澤真幸(まさち)著『三島由紀夫 ふたつの謎』(集英社新書) 

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