週刊読書人 追悼文選 「週刊読書人」編集部編

2020年3月8日 02時00分

◆こぼれ話が有益で楽しく

[評]岡崎武志(書評家)

 「週刊読書人」は一九五八年創刊の書評新聞で今年六十二年を迎える。その老舗ぶりをうかがえるのが本書。これまでに掲載した追悼記事から五十人分を収録する。一人につき複数記事もあり、総数は百十一編。一九五九年の永井荷風に始まり、谷崎、三島、サルトル、小林秀雄など重厚かつ壮観な顔ぶれ。あの世は地上より豪華でにぎやかだ。
 通覧するとたとえば中上健次の早世ぶり(一九九二年・享年四十六)に改めて驚かされる。井伏や司馬より早く逝ってしまった。同時代で親交のあった立松和平、中上の本を装幀(そうてい)した司修(つかさおさむ)などが在りし日を偲(しの)ぶ。「肉体が健康でありすぎるという病気にかかっていた男」と立松。仲たがいをし、罵声を浴びせられた後、紀州から詫(わ)び状とともにポンカンがひと箱送られてきたエピソードを伝える司。この複雑な振幅の中に現代文学の巨人がいたことが、追悼文から浮かび上がる。
 原稿を依頼される側から言えば、ことは緊急を要するだけに執筆が難しい。熟考は許されず、書き手の腕が試される場でもある。三島由紀夫の衝撃的な死を、その夜のうちに書き上げたのが利根川裕(ゆたか)。彼の死を総括し、政治的には無意味と分断し「なんとも痛ましく、悲しい」と結んでいる。年季の入った芸で、しかも心情あふれる点で死者は浮かばれているはずだ。
 また、執筆者である作家、学者、編集者など故人と交遊のあった人たちから聞ける、こぼれ話が有益で楽しい。武田泰淳(たいじゅん)の長編『富士』は文芸誌『海』に連載。担当は近藤信行。粘りに粘ってやっともらえた生原稿は紙が退色し、インクの色が変わっていたという。長時間かけて取り組んだことが分かる。これは貴重な創作余話だ。国際ペン大会の慰労会が伊豆で開かれた時、一行に加わった吉田健一は、荷物など持たず電車に半ダースほどのビールを抱え込んで乗車。当然ながら車中は酒宴となり駅ごとにビールを補充したと、巌谷大四(いわやだいし)がうれしそうに報告している。本書の装幀はその息子・巌谷純介であるのも心憎い演出である。
(読書人・3850円)
他にカミュ、竹内好(よしみ)、寺山修司、澁澤龍彦、深沢七郎、廣松渉らが追悼されている。

◆もう1冊 

丸谷才一著『あいさつは一仕事』(朝日文庫)。祝辞・弔辞を合わせた名人芸。

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