それを、真(まこと)の名で呼ぶならば レベッカ・ソルニット著

2020年3月1日 02時00分

◆本当の言葉で語る先に希望が

[評]仲俣暁生(あきお)(文芸評論家)

 本書に収められた諸エッセイは、二〇一六年のアメリカ大統領選挙においてドナルド・トランプが当選して以後の「暗い時代」のなかで希望のありかを探る論考である。
 その鍵を、社会活動家でありすぐれたジャーナリストでもあるソルニットは、名付けとストーリーテリングに求める。目の前で起きている物事を「真の名前」で呼び、そのことを勇気を持って語ることは、社会において機会を奪われ、虐げられている者たちを解放する手だてとなる、と言うのだ。
 ハリケーン・カトリーナで甚大な被害を受けたニューオーリンズを取材した『災害ユートピア』や、現代フェミニズムの多様な論点を示した『説教したがる男たち』など社会問題を扱った著作で注目されがちなソルニットは、同時に大著『ウォークス』にみられるように、文芸的な瑞々(みずみず)しい感受性をもつ書き手でもある。本書は前者の系列の著作ではあるが、彼女の社会活動家としての資質と、文芸的な才能が深いところで結びついていることは、たとえばこの本の「籠の中の鳥」という文章からよく見て取れる。
 死刑囚として収監されている同世代の黒人青年との長期にわたる親密な交流を綴(つづ)ったこのエッセイには、次のような一節がある。「彼はすでに自由である。ストーリーテラーとして、彼は自分に与えられたナラティヴから脱出し、人生が何を意味するのか、自分自身の型を作り上げた」
 メディアやネットを介して大量の言葉と物語(ナラティヴ)が流布する現在は、「ポスト真実」という語が象徴するとおり、それらへの信頼が失われた時代でもあり、言葉自体が激しい闘争の場となるような時代でもある。ジェンダーやエスニシティにまつわる論争的な主題がようやく「自らを語る言葉」を獲得しつつある日本で、ソルニットという魅力的な書き手の存在が広く知られることは、とても意味のあることだ。
 敗北の中にさえ、未来の勝利のための種がある、と彼女は言う。だから決して希望を失ってはならない、と。
(渡辺由佳里訳、岩波書店 ・ 2420円)
1961年生まれ。環境問題や人権、反戦などの運動に参加、88年から文筆活動。

◆もう1冊 

カロリン・エムケ著『なぜならそれは言葉にできるから-証言することと正義について』(みすず書房)

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