女たちのシベリア抑留 小柳ちひろ著

2020年3月1日 02時00分

◆歴史に閉ざされた過酷な真実

[評]石井彰(あきら)(放送作家)

 「厚生労働省は七日、シベリア地域で亡くなった抑留者のうち、新たに個人が特定された十九人の漢字氏名と出身地の県名を公表した…」(要約) 
 二月八日、本紙に十行余りの小さな記事が掲載されたのを覚えているだろうか?
 戦後七十五年たって死亡した人名が特定されるほど、約五十七万五千人にも及ぶ日本人抑留者の実態は、歴史という凍土に閉ざされている。実は抑留者の中に、千人近い従軍看護婦や電話交換手、民間人らの女性たちがいた事実はほとんど知られていない。
 二〇一四年八月、NHK『BS1スペシャル 女たちのシベリア抑留』で、ずっと沈黙してきた女性たちの証言を掘り起こしたのが、番組ディレクターの著者だった。
 番組を見た時の衝撃は忘れない。まさか女性たちが零下四〇度を越える寒さと飢餓に苦しみながら、収容されていたのを知らなかったからだ。
 およそ六万人が亡くなるほど抑留は過酷を極めた。しかも女性である。従軍看護婦たちは、凶暴な兵士から身を守るため「自決用の青酸カリ」の小瓶を渡され肌身離さず持ち歩いていた。彼女たちは青酸カリの恐ろしさを知っていた。敗戦後に病院が撤退する時に動けない兵士に注射する現場に立ち会った人もいた。
 著者は、ほとんど資料のない抑留された女性を捜して訪ね歩く。本人たちがのこした手記や回想録を読み込み、膨大な資料の中から女性たちの存在を確かめ、現地へ出向いて目撃者や墓を捜す。彼女たちはカメラの前で重い口を開き始めた。そこで語られたのは時計もカレンダーもない、いつまで続くかわからない収容所生活の中で励ましあい、生きることをあきらめなかった凜(りん)とした姿だ。
 テレビ番組では時間の制約で登場人物たちのディティールは省かれることが多い。カメラで撮れなかったことは使えない。だから本書は五年もかけて書かれた。
 語りたくない、でも誰かが語らなければ、なかったことになる戦争の真実が、本書にはくっきりと刻まれている。
(文芸春秋 ・ 1870円)
1976年生まれ。番組制作会社「テムジン」ディレクター。

◆もう1冊 

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)

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