建国神話の社会史 古川隆久著

2020年3月8日 02時00分

◆矛盾に直面する教師たち

[評]成田 龍一(日本女子大教授)

 『古事記』『日本書紀』に記された、神々による日本の建国と神武天皇の即位の物語――「建国神話」が本書の考察の対象である。神話である以上、歴史的な出来事(史実)ではないにもかかわらず、建国神話は事実として教えられ、ときには暴走を伴ってきた過去がある。そして、その過去は「教育勅語」をめぐる議論がくすぶり続けるなど、いまに至るまで決して一掃されていない。
 他方、『古事記』『日本書紀』の研究は、それらが成立した八世紀の政治情勢が投影されていることをあきらかにし、神話学も他の神話との比較をおこない、日本の建国神話を特別視しない。こうしたなか、あらためて建国神話に、いかに向き合うことが可能であるのか。この興味深い課題に、日本史学の俊秀が切り込んだ。
 著者は、そもそも根拠が薄弱な建国神話が、建前上「事実」とされ、筆禍事件などの「波紋」を引き起こし、「矛盾」をもたらす過程を社会史として描く。建国神話が教科書にいかに記述され、どのように学校で教えられたか。そして、一九二六年には建国祭が開始され、満州事変後には建国神話が「排除の論理」となっていき、戦争動員に利用されることを記す。また、オリンピックや万博の誘致・開催にも建国神話が「活用」されたことを断じた。
 このとき、「史実でない話」を、史実を話題とする教室で、史実として教えなければならない矛盾に直面する教師に焦点を当て「現場の模索」を書き込み、建国神話を「民主的な愛国行事」に活用しようという動きを指摘するなどの点に本書の特徴がみられる。これらは、戦時体制のもとで書かれた『国体の本義』や『臣民の道』を分析する一方、「紀元二千六百年祭」を建国神話とは無縁のエンターテインメントとするなど、建国神話の解釈や活用、その影響を広い視野と柔軟な姿勢で描くことに通じている。
 とくに、建国神話の強行に、虚構でも人びとに通用するはずである、という為政者の愚民観を見いだす著者の歴史観が光る。
(中央公論新社・1540円)
1962年生まれ。日本大教授。著書に『昭和天皇』『昭和史』など。

◆もう1冊 

T.フジタニ著『天皇のページェント』(NHKブックス)

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