平蔵の母 逢坂剛(ごう)著

2020年2月9日 02時00分

◆『鬼平』テイスト、意外な展開

[評]細谷正充(文芸評論家)

 池波正太郎の人気作『鬼平犯科帳』へのオマージュに満ちた、逢坂剛の「火付盗賊改・長谷川平蔵」シリーズの、第四弾が刊行された。六作が収録されているが、どれも読みごたえあり。なかでも『鬼平犯科帳』のテイストが強く感じられたのが「旧恩」である。
 火付盗賊改の若手同心・今永仁兵衛(にへえ)の手先をしている可久(かく)が、うめのという女を捕まえた。掏摸(すり)を働いたようだったのだ。だが、うめのは、それを否定する。さらにうめのが、子供の頃に白堀で溺れた仁兵衛を助けていたことが判明。この再会が、やがて捕物へと繋(つな)がっていくのだった。
 一連の事態の裏に潜む事実を見抜く、平蔵の炯眼(けいがん)。善と悪の入り混じった、人の心の動き。非情な世界に流れる、一抹の人情。文体こそ違っているが、『鬼平犯科帳』を再現したかのような内容に、池波ファンなら嬉(うれ)しくなってしまうだろう。見事な作品だ。
 その一方で、逢坂剛ならではのタッチも堪能できる。平蔵が人前に顔を見せず、必要があれば筆頭与力の柳井誠一郎を影武者に使うという設定は、作者独自のものだ。もちろんストーリーにも、同じことがいえる。
 たとえば表題作「平蔵の母」は、料理屋<元喜世>で食事中に倒れ、そのまま世話になっている、きえという老婆(ろうば)が、平蔵の母親である可能性が浮上。平蔵配下の与力同心や手先が動きだす。老婆の正体を気にしながら読んでいたら、後半に大きな捻(ひね)りがあり、意外な真相に驚いた。また「せせりの辨介(べんすけ)」は、元盗賊が営む古物商に持ち込まれた如来像の中から小判が出てきたことから、予想外の展開が続き、ページを繰る手が止まらないのだ。
 周知の事実だが、作者がメインで活動しているジャンルは、ミステリーと冒険小説である。その手法が、盗賊と火付盗賊改の虚々実々の駆け引きに生かされているのだ。ここがシリーズの特色といっていい。オマージュにしてオリジナル。長谷川平蔵を中心に、多数の人々が織り成す逢坂版『鬼平犯科帳』を、存分に堪能したのである。
(文芸春秋・1925円)
1943年生まれ。作家。挿絵画家中一弥の三男。作品に『平蔵狩り』など。

◆もう1冊

探検家・近藤重蔵を描く逢坂剛著「重蔵始末」シリーズ(講談社文庫)

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