赤星鉄馬(あかぼしてつま) 消えた富豪 与那原恵(よなはらけい)著

2020年2月9日 02時00分

◆浮かび上がる高貴な精神

[評]小松成美(作家)

 ブラックバスを釣った芦ノ湖で、民俗学者・柳田國男の資料を探す中で、名門ゴルフクラブの歴史をつづる文章の中で、度々その名前を聞き、目にしていた。
 赤星鉄馬。まるでSF冒険小説家かスポ根マンガの主人公のようなインパクトの名前に触れる度、私は考えた。とてつもない資金力。あまりに広範囲な影響力。えたいの知れない存在感。見え隠れするプロフィルの一端に触れ、こう思っていた。「この人はきっと今こうしてある日本を作り上げた人に違いない」と。
 実業、学術、政治、スポーツ、外交と、あちこちで歴史に名を刻む大富豪の一生は雲をつかむようだった。が、壮大な人生のドラマがついに一冊の本となってつまびらかになった。本書は、巨万の富を自在に動かし、激動の時代に国家や文化に正面から向き合った巨人のような日本人実業家の唯一無二の記録である。
 丁寧に点と点を結び、赤星の姿が徐々に焦点を結ぶ。両親の系譜と、青年期から壮年期に築き上げた人脈と活動は、ロスチャイルド家やロックフェラー家のような名門一族と見まごうばかりに華麗で「日本にもこうした人々がいたのか」と驚きを禁じ得ない。
 中でも心引かれるのは、赤星のライフスタイルに関する記述の数々だ。武器商人だった父親の遺産をパワーに、日本にはいなかったブラックバスを芦ノ湖へ移入し、黎明(れいめい)期の日本ゴルフ文化を築いていく。妻を伴っての世界一周旅行の豪華客船での日々は、映画や小説の一節のよう。世間は放蕩(ほうとう)青年の振るまいと手厳しく、新聞は「富士山が一夜で出来(でき)た様な不可思議な富豪」と書いて、彼を奇人と扱う。
 また、百万円(現在に換算すると二十億円)の私財を投じ、日本初の学術財団「啓明会」を設立し、柳田ら学者たちの研究を支援するパトロンぶりは、鮮やかとしか言いようがない。
 赤星が体現した精神「ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)」は、令和の時代にこそ煌(きら)めくべきで、この一冊はベンチャー起業家たちの指針の書ともなるはずである。
(中央公論新社・2750円)
1958年生まれ。ノンフィクション作家。著書『首里城への坂道』など。

◆もう1冊

鹿島茂著『蕩尽王、パリをゆく-薩摩治郎八伝』(新潮選書)

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