<ふくしまの10年・「消えた障害者」を捜して>(8)避難所訪ね歩く日々

2020年6月11日 07時13分

橋本由利子さん(左)。避難所を巡り、働いていた人たちを捜した=二本松市で

 二〇一一年三月十一日の福島第一原発事故で全町避難を強いられた浪江町。障害者たちも散りぢりになった。
 障害者が働く喫茶店などを運営するNPO法人コーヒータイム理事長の橋本由利子さん(67)はいったん仙台に避難したが、三月二十三日にはバスで福島に戻り、働いていた人たちの安否確認を始めた。
 同町の役場機能が移転した二本松市に出掛けてみると、怒号が飛び交っていた。「この人を捜しています、と言って応対してもらえる雰囲気ではなかった」。付き合いのあった保健師や福祉関係の職員の携帯電話にショートメッセージを入れておくと翌日には「どうもこの辺の体育館にいるよ」と返信が来た。
 「歩いた方が自分が落ち着くので体育館を訪ね歩きました」。その後、二次避難で会津地方に避難した人も多かった。定期的に回って会えれば話をした。途中で携帯がつながらなくなった人もいた。
 五月末に、働いていた障害者や家族、職員が集まって今後のことを相談し、二本松市で再開することを決めた。浪江町で働いていた十五人のうち七人が通うことになった。
 一緒に再出発することがかなわなかった人もいる。橋本さんが気掛かりなのは今も入院中や寝たきりの三人だ。精神障害があり、避難や仮設住宅暮らしでの環境の激変に心がついていけなくなった。
 一人は男性で携帯も財布も自宅に置いて母親と避難し、体育館で「自分は殺される」と騒いだ。施設を転々とし、「今は会いに行っても分からない状態」という。旅館に避難した女性はやせてしまい入院中で、「賠償問題とかが頭の中を駆け巡ってしまったみたい」。もう一人は、絵が上手だった根本優さん(54)だ。

関連キーワード

PR情報

社会の最新ニュース

記事一覧