投げない怪物 佐々木朗希(ろうき)と高校野球の新時代 柳川(やながわ)悠二著

2019年12月15日 02時00分

◆次のステージのために

[評]満薗(みつぞの)文博(スポーツジャーナリスト)

 私はコラムニストとして、長い間、春・夏の甲子園通いを続けている。そんな中、この夏は、ちょっとした異変があった。例年、ネット裏の記者席では、出場校の優劣、あるいは注目選手が話題に上るが、今年は違った。「甲子園に来ていない球児」を巡る議論に、多くの時間が割かれたのである。話題の主は、岩手県立大船渡(おおふなと)高のエース、佐々木朗希だった。この年、剛速球が百六十三キロを記録し「令和の怪物」の名を頂いた十七歳の右腕投手だ。
 だが、身長一九〇センチのこの豪腕が岩手県大会の決勝戦で登板することはなかった。チームは敗れ、同校三十五年ぶりの甲子園出場はならなかった。少年の思い、さらに、大一番のマウンドに上げなかった三十二歳の青年監督の思惑など、さまざまな「推理」を働かせて議論は白熱した。未完の大器の将来を慮(おもんぱか)り、故障を恐れた青年監督の采配だったという説が最も有力だった。
 前置きが長くなったが、著者は「投げない怪物」の謎に迫り、その過程で「昭和の甲子園」が「令和の甲子園」に変革を遂げつつあると結論づけるに至る。一節に「『全力を出し切って燃え尽きる』『エースと心中して、負けたら仕方ない』――昭和から平成に至る高校野球の価値観は、故障のリスクをはらんでいたとはいえ、わかりやすかった。(中略)だが、それが許された時代に時計の針を巻き戻すことは、もうできない。『次のステージのために、全力を出し切らない』」とある。
 確かに、高校野球の球数制限はじめ、日本高野連は「選手ファースト」の本格導入に舵(かじ)を切り始めた。甲子園には、関係者が集う喫煙室がある。この夏も「選手第一主義」を掲げた高野連事務局長、竹中雅彦さんと著者が、ともに張り出した腹を突き合わせて、高校野球を論じる姿を何度も見た。その竹中さんは、十月十六日、六十四歳の若さで急逝した。本著が出たのは、それからわずか五日後である。竹中さんは、自らも登場する本著を見ることがなかった。この本は、竹中さんへの鎮魂の一冊にもなった。
(小学館・1650円)
1976年生まれ。ノンフィクションライター。著書『永遠のPL学園』。

◆もう1冊 

小関順二著『甲子園怪物列伝』(草思社)。一瞬の光芒(こうぼう)を放った球児たち。

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