海峡に立つ 泥と血の我が半生 許永中(きょえいちゅう)著

2019年11月24日 02時00分

◆「最後の黒幕」 復活への自伝

[評]内田誠(ジャーナリスト)

 自伝や回顧録の類いは数多(あまた)あるが、著者名に「許永中」と書いてあれば、面白くないわけがない。バブル期を象徴する「最後の黒幕」「裏経済界の帝王」などとあだ名され、「戦後最大の経済事件」と称される「イトマン事件」などで服役し、刑期を終えた許永中氏が、現在住んでいる韓国で日本のテレビ局のインタビューを受けたのは一昨年。昨年には雑誌の取材を受け、今年「自伝」の出版となった。表社会への復帰を目指して、着実に段階を踏もうとしているようにも見える。
 戦後の早い時期に在日韓国人二世として大阪に生まれ、差別と貧困の中、けんかが日常だった少年時代から腕力でのし上がることを覚えた許氏が、やがて〓気(きょうき)と暴力の世界でトラブルの解決人として頭角を現していく。山口組など暴力団の幹部や部落解放同盟の幹部と懇意になり、実業界の大物たちや政治家とも親しい関係を結ぶことにより、希代の「フィクサー」が誕生する過程は、読んでいてまるでヤクザ映画を見ているような気分にさせられた。
 許氏はやがて企業経営の世界にも足を踏み入れるのだが、いつの間にか大金を動かし、トラブル解決のために一晩で十億円の現金を用意することさえ可能な存在になっていた。そして「イトマン事件」が起こる。
 三千億円が闇に消えた「イトマン事件」と、その後に立件された「石橋産業事件」について、許氏は冤罪(えんざい)を主張する。「イトマン事件」では、イトマンから買った絵画を担保に融資を受けただけで、しかも自分はイトマンの申し出に応じたにすぎないというのだが、著者の主張をそのまま信じてよいものか、評者は判断を留保せざるを得ない。
 現在七十二歳の許氏は、韓国で都市開発をはじめとする事業を展開し、実業家として復活を遂げつつあるという。氏を突き動かしているのは、自らの名誉とイメージを回復し、日韓の架け橋になる大きな夢だというのだが、はたして、許永中氏が生まれ故郷・日本に凱旋(がいせん)する日はやってくるのだろうか。
(小学館・1760円)
1947年生まれ。「戦後最大のフィクサー」と呼ばれ「イトマン事件」などで服役。

◆もう1冊 

國重惇史(くにしげあつし)著『住友銀行秘史』(講談社)。元行員がイトマン事件の真相を語る。
※ 〓は、にんべんに夾

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