いやいやながらルパンを生み出した作家 モーリス・ルブラン伝 ジャック・ドゥルワール著

2019年11月3日 02時00分

◆人気と文学的評価のはざまで

[評]長山靖生(やすお)(文芸評論家)

 本書はモーリス・ルブラン初の本格的伝記だという。まずそのことに驚く。怪盗紳士アルセーヌ・ルパンは、名探偵シャーロック・ホームズと並ぶミステリ界永遠のヒーロー。ホームズの作者コナン・ドイルには多くの伝記があるので、ルパンの作者ルブランにも同じくらいたくさんあるものと思い込んでいた。
 あるいはこれは、英仏読者の関心のあり方の違いによるのかもしれない。英国人は伝記好きで、かなりマイナーな作家でも詳細に事実を調べた伝記がある。一方、フランス人は論考を好み、伝記でも著者の人生観の解釈や作品の分析に比重が置かれる傾向がある。本書は、そんな両方の良さを兼ね備えた伝記だ。
 青年期のルブランは十九世紀末フランスの作家志願者のひとりとして、「モーパッサンか無か」という決意のもと、苦闘の日々を送った。とはいえ、もちろん出会いもあれば喜びもあった。
 後にルブランは、先達(せんだつ)の偉大な著作をたくさん読むこと、実生活で幸福を追求し、多くを感じ、愛し苦しみ、生きること、さらには旅することを後進に勧めている。著者はそんなルブランの、当時からの生活ぶりや出会いの中に、後年の作中モデルを探る。
 ルパン物には、産業技術が日進月歩の勢いで発展するスピード時代のめまぐるしさが表現される一方、詐欺的商法やいかがわしい株取引や金融システムで儲(もう)けた富豪たちが幅を利かせる時代相への批判も込められている。だからこそ「怪盗紳士」は善良な一般読者から支持されたのだ。
 心理小説や戯曲を書き、文学的な評価を望んで、経済的に恵まれない苦節十余年を過ごしたルブランは、ルパン物の成功を喜ぶ一方、心中には複雑なものもあったようだ。
 当時、冒険小説やミステリは大衆ジャンルとして低く見られており、人気と文学的評価は必ずしも一致しなかった。読者や出版社の要望と、自分自身の作家としての指向に引き裂かれながら、精いっぱい生き、そして書いた作者の生涯を知ると、ルパンの魅力がまたいっそう輝く。
(小林佐江子訳、国書刊行会 ・ 3960円)
1950年、フランス生まれ。著書『アルセーヌ・ルパン辞典』など。

◆もう1冊 

ダニエル・スタシャワー著『コナン・ドイル伝』(東洋書林)。日暮雅通訳。

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