占領と引揚げの肖像 ・BEPPU1945〜1956 下川正晴著

2020年6月14日 07時00分

◆地方の戦後 実態を丁寧に


[評]武田徹(評論家・専修大学教員)

 歴史は勝者の記録だといわれる。その意味で日本の地方都市は二度の敗北を喫したといえようか。国破れ、その後の復興も東京中心の政治経済史として主に描かれて地方の出番は多くなかったからだ。
 本書はそうした地方の戦後史の不在を埋める試みだ。著者はホテルマン佐賀忠男が一九八一年に自費出版していた『別府と占領軍』を発掘、再評価し、その業績を踏まえつつ「被占領都市」、「引揚げ都市」という二つの側面から別府の戦後史を追ってゆく。
 終戦勅語がラジオ放送された日の午後に早くもモンペを脱ぎ捨て、スカートを履いて派手な浴衣で漫歩する若い女性の姿が別府では見られたという。早くから国際的な温泉保養地として発達し、独自のモダニズム文化を育んでいた町ならではの光景だった。
 占領が本格化すると、かつての歓楽街は米兵向け施設に性格を変える。佐賀の著書の記述に往時を知る生存者ヘの聞き取り調査を加えつつ、著者は被占領都市BEPPUの姿を丁寧に描き出してゆく。
 別府を目指したのは占領軍だけではなかった。四千四百九十三人もの日本兵が餓死した南洋のメレヨン島から生存者を乗せた戦後初の復員船「高砂丸」が四五年九月二十五日に別府湾に着く。別府には陸海軍病院があったからだ。それは三万人以上の引揚げ者、復員者が別府に集まる嚆矢(こうし)となった。
 東アジアから南洋まで勢力を及ぼした日本帝国は終戦を機に瓦解(がかい)し、多くの日本人が内地に戻り、新たな支配者として米軍関係者も加わった。こうした人口移動の受け皿となった地方都市の実態を描き出すために、著者はそこに暮らした人それぞれの生きざまをたどる。引揚げ者の一人で初代の民選別府市長となった脇鉄一、夫の自決後に子供を連れて別府で暮らした元陸相・阿南惟幾(あなみこれちか)の妻の綾など、多くの人物像が描かれた結果、本書は格式張って味気ない東京中心の戦後史とは手触りの異なる、血の通った都市の歴史書となった。地方から戦後史の空白を埋めようとした著者の挑戦は確かな戦果を上げたといえよう。
(弦書房 ・ 2420円)
1949年生まれ。毎日新聞編集委員、大分県立芸術文化短大教授などを歴任。著書『私のコリア報道』など。

◆もう1冊

西牟田靖著『<日本國>から来た日本人』(春秋社)

関連キーワード

PR情報