モダニズム・ミステリの時代 長山靖生(やすお)著

2019年10月27日 02時00分

◆濃密な文学空間生んだ背景

[評]郷原宏(文芸評論家)

 「モダニズム・ミステリ」とは耳慣れない言葉だが、大正末期から昭和の初めにかけて、つまり一九二〇年代に流行したモダニズム文学系のミステリー、あるいはミステリー色の強いモダニズム文学を意味する著者の造語らしい。
 モダニズムは第一次大戦後の欧州で起こった芸術文化運動で、従来の伝統的なものに対して新しい感覚や表現を追求した。時を置かずに日本にもたらされ、「大正ロマン」「昭和モダン」と呼ばれる世相と呼応して斬新な表現のムーブメントを作り出した。新感覚派、新興芸術派、シュルレアリスム、モダン・アートなどは、いずれもこの流れに含まれる。
 江戸川乱歩(えどがわらんぽ)に代表される創成期の探偵小説もまた、このムーブメントの一翼を担った。乱歩が「二銭銅貨」でデビューした雑誌の名『新青年』(つまり『モダン・ボーイ』)が、なによりも雄弁にそれを物語っている。
 創成期ミステリーとモダニズム文学の関係については、これまで類似性を指摘されながらも、きちんとした研究はなされてこなかった。関係が近すぎて、かえって目に入りにくいという事情もあったかもしれない。
 今年『日本SF精神史【完全版】』で日本推理作家協会賞を受賞した著者は、ここでは『新青年』『文藝時代』『文學時代』など当時の雑誌を博捜しながら、探偵小説と新感覚派、新興芸術派の作家たちが相互に乗り入れ、影響を受け合いながら濃密な文学空間を作り出していくありさまを、さながら名探偵の推理のように整然と、鮮やかに描き出していく。
 乱歩作品に顕著な猟奇性や耽美(たんび)性は、これまで乱歩自身の性癖に由来するものと考えられてきたが、本書を読むとそれはむしろモダニストの共通感覚ともいうべきもので、川端康成(かわばたやすなり)、横光利一(よこみつりいち)、堀辰雄(ほりたつお)、萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)などにも共有されていたことがよくわかる。
 本書は創成期ミステリーに関する該博な解説書というにとどまらず、広く日本近代文学史に一石を投じる労作といっていいだろう。
(河出書房新社・3520円)
1962年生まれ。文芸評論家。著書『戦後SF事件史』『日露戦争』など。

◆もう1冊

長山靖生著『モダニズム・ミステリ傑作選』(河出書房新社)

関連キーワード

PR情報