奇妙な死刑囚 アンソニー・レイ・ヒントン著

2019年10月13日 02時00分

◆無実の罪で死の独房に30年

[評]岡本啓(詩人)

 「死刑執行室に歩いていった五四人。私は全員の名前を知っていた」。著者は、電気椅子に連行される者、ひとりひとりを見送った。その死の間際、だれもひとりぼっちでないと知らせるために独房のドアを叩(たた)いた。無実の罪で死刑囚監房に収容された三十年ものあいだずっと。
 本著は、本来ならわたしたちと変わらない日常を暮らすはずだったひとりの黒人の回想録だ。一九八六年、アメリカ南部のアラバマ州に住む男が、身に覚えのない強盗殺人の罪で死刑を宣告された。人種差別の根深い土地で彼の無実は二○一五年まで認められなかった。
 自分の死が明日にも告げられるかもしれない。そんな日々と三十年対峙(たいじ)するとはどういうことなのだろう。すぐそばの独房には、面識もない黒人をリンチし殺した白人死刑囚がいた。けれど「黒人であろうが白人であろうが関係ない――電気椅子からほんの数メートルのところで暮らしていれば、表面的なものはすべてはがれ落ちる」。だれにも代弁することができない肉声が本著には響く。
 「肉が焦げる臭(にお)いを嗅いだとき初めて、ウェイン・リッターが処刑されたことがわかった」「死刑囚監房にくるまで、死刑について深く考えたことなどなかった」。自分が告発されている罪を他のだれかが犯したとしたら、という検事の問いに「死刑がふさわしいでしょうと、私は応じた」。「だが、ほんとうにそうなのだろうか。ある人間には生きる価値があり、ある人間には死ぬ価値しかないなどと、判断できるものだろうか」「リッターの身に起こったことは、殺人のように思えてならなかった。だれかを殺したからといって、その人間を殺してかまわないのだろうか?」
 著者は、過酷な体験を読者に語りだすときユーモアを忘れない。その態度は、死刑囚監房であっても「わが家にしよう」という決意と通ずるものだ。四百五十ページという時間を、剥(む)き出しの著者の声と過ごすことは、だれにとっても貴重な体験になるはずだ。
(栗木さつき訳、海と月社・1980円)
米国生まれ。2015年に釈放されるまで、冤罪(えんざい)で約30年間、死刑囚監房で過ごす。

◆もう1冊

デイビッド・T・ジョンソン著『アメリカ人のみた日本の死刑』(岩波新書)。笹倉香奈訳。

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