<カジュアル美術館>邸内遊楽図屏風(ていないゆうらくずびょうぶ) サントリー美術館 

2020年6月14日 07時58分

江戸時代 17世紀 六曲一隻 82×271・9センチ(無断転載禁止)

 ひとつの出来事をきっかけに、見え方が変わってしまう美術品がある。昨年この屏風を初めて見たときには、四百年近く前の作なのに保存状態が極めて良く、一人一人の表情や一枚一枚異なる着物の柄が鮮明で、細部にこだわる描写に引き込まれた。コロナ禍に襲われ、人との接触がおぼつかなくなった今は、絵の中に人間が楽しむことの本質を見る。人は交わる人がいてこそ笑い、踊るのだと−。
 楼閣の内外で大勢が遊び興じる「邸内遊楽図」と呼ばれる屏風は、江戸時代初めの寛永期(一六二四〜四四年)に数多く作られた。そのほとんどが現実にはない遊里を舞台にしたとされるが、この屏風は「女性の髷(まげ)や鹿(か)の子絞りの着物の流行などから、京都の遊里が一六四一年に島原に移される前の、六条三筋(みすじ)町時代の妓楼(ぎろう)を描いたのではないか」とサントリー美術館の池田芙美(ふみ)主任学芸員は考察する。同時代の風俗画を代表する国宝「彦根屏風」もここが舞台だ。四条河原の遊女歌舞伎の担い手がいた場所であり、当時の文化の発信地でもあった。
 登場する男女は七十七人。若い者は色白に、年かさの男は肌色が濃く描かれている。青畳の座敷では酒宴が催され、三味線や鼓の演奏で女が舞う。奥では女が香を聞き、男が筆を執る。恋文だろう。屏風で囲まれた一角では「ウンスンカルタ」という花札に似た遊びが繰り広げられている。表情を読まれないよう口元を隠す面々。これらは古来中国の知識層のたしなみとされた「琴棋書画(きんきしょが)」を下敷きにしたとも言われる。琴は三味線、囲碁はカルタ、書は恋文、画は画中画の屏風絵に姿を変えて。
 左手には湯殿でくつろぐ男、湯上がりに涼む女。庭先では一心に踊る衆の輪に、とっくりと杯を持ったまま加わろうとする酔っぱらいもいる。緋毛氈(ひもうせん)に座り煙管(きせる)を吹かす女のわきには、託された文を渡そうとする禿(かむろ)の姿が。
 幕府の取り締まりの対象だった遊里を描く遊楽図には落款が入れられないことも多く、この屏風も作者は不詳。発注者も分からないが、「上質な絵の具が使われているから、普段はなかなか遊里には行けない上流階級などが注文した可能性がある」と池田さん。屏風としては「彦根屏風」と同じ小ぶりな一隻だから、奥座敷や枕屏風のようなプライベートな空間で使われていた可能性が高いという。
 遊び楽しむことへの渇望は、時空を超えて今に届く。
◆みる サントリー美術館(港区赤坂9の7の4、東京ミッドタウン ガレリア3階)=(電)03(3479)8600=は、都営地下鉄大江戸線六本木駅の出口8から直結。東京メトロ日比谷線六本木駅は地下通路で直結。同千代田線乃木坂駅の出口3から徒歩約3分。「邸内遊楽図屏風」はリニューアル・オープン記念展I「ART in LIFE, LIFE and BEAUTY」で展示予定。現在は休館中のため、会期と展示期間などは決まり次第、同館のウェブサイトで公表する。入館料一般1500円、大高生1000円、中学生以下無料。火曜休館。
 文・矢島智子
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