<ふくしまの10年・牛に罪があるのか>(1)名士 まさかの反乱

2020年6月16日 06時51分

殺処分された牛を埋めた場所に立つ坂本勝利さん=福島県富岡町で

 坂本勝利(かつとし)さん(82)が足を止めたのは、福島県富岡町の帰還困難区域の中にある広大な農園の中を案内してもらっているときだった。
 「ここに埋めたんですよ」
 指さしたのは牛舎の裏の竹林の一角だった。掘り起こされた形跡がまだ新しく、県の家畜保健衛生所名の木札が墓標のように立っている。
 二〇一九年十月二十四日、坂本さんが育ててきた十三頭の牛は殺処分となり、一頭ずつ重機でつり下げられて、ここに掘った穴に運ばれたのだという。
 ただの牛ではなかった。東京電力福島第一原発事故が起きた当時、後に警戒区域に指定された原発二十キロ圏には三千五百頭もの牛が飼われていた。国は、この牛たちをすべて殺処分するように指示を出す。汚染された家畜に商品価値はない。野良となって無人地帯をさまよえば、扱いに困るというのが理由だった。
 だが畜産家の坂本さんは、殺処分を拒否。避難先から無人の富岡町に通い、九年半にわたって牛を生かし続けた。旧知の町役場の職員が「上からのお達しなんです」と困り顔で懇願しても首を縦に振らなかった。「牛に何の罪があるのか!」と怒鳴り返したこともあった。
 「牛は経済動物。割り切らなければいけないとは知ってはいました。だが頭では理解しても、どうにも情が邪魔をしました。胸が痛んで、十年以上も手塩にかけた牛を殺すなど到底できなかった」 
 坂本さんは富岡町でも数軒しかない専業農家の三代目で、町議会副議長を務めたこともある。そんな地域の名士のまさかの「反乱」だった。
 ところが半年前、苦渋の選択の末に殺処分を受け入れ、長い孤独な戦いに終止符を打った。 (坂本充孝が担当します)

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