バブル経済事件の深層 奥山俊宏、村山治著

2019年6月16日 02時00分

◆粗雑な金融行政 あらわに

[評]内田誠(ジャーナリスト)

 バブル経済絶頂期に始まる平成の三十年は、その後始末に追われる「失われた三十年」となり、私たちの社会が受けた傷は今もまだ癒えていない。本書は、バブル崩壊期に全国紙の社会部記者として数々の経済事件を担当した二人のジャーナリストが、四つの代表的な事件に関する取材の成果をまとめた作品で「崩壊を始めたバブルに当事者たちがどう向き合ったのか」という問いを発している。
 事件記者の手になるものだけあって、膨大なデータと足で稼いだ取材成果を凝縮させた執筆スタイルが貫かれており、新書判にもかかわらず、三百ページ超の大部な一冊になっている。だが、いったん読み始めれば、あの時代を経験した世代かどうかにかかわらず、読み手は半ば滑稽(こっけい)、半ば悲惨な借金まみれの事件現場に引きずり込まれることになるだろう。
 過熱するバブル景気のなかで行われた乱脈融資や投資、簿外取引は、バブル崩壊とともに膨大な不良債権となって現れ、日本を代表するような金融機関である長銀や日債銀なども次々と破綻。やがて売却などによって元の姿を消していった。
 特捜検察による刑事責任の追及が行われ、当時の大蔵省を中心とした金融権力との相克のなか、かつては護送船団方式といわれた日本の金融界を大きく変えていくきっかけにもなった。本当に乱脈だったのは、コーポレート・ガバナンスもなければ内部統制もない、当時の金融システムそのものであり、その頂点に君臨していたはずの、実は粗雑な金融行政だった。
 それにしても、大阪の料理店の女将(おかみ)が逮捕された日、興銀グループが貸し込んでいた残高は二千二百九十五億円。大和銀行ニューヨーク支店のトレーダーが隠していた損失は一千百億円。バブル絶頂期、長銀グループがEIEグループに融資していた総額は一千七百七十四億円だった。いったい、何をどうすればそのようなことが可能だったのか。本書は、当事者の肉声を含め、事件を等身大に捉えようともしている。
(岩波新書・886円)
<奥山> 朝日新聞編集委員。
<村山> フリージャーナリスト。著書『市場検察』。

◆もう1冊

藤田勉著『バブル経済とは何か』(平凡社新書)

関連キーワード

PR情報