<備えよ!首都水害>浸水と共生 親水の街へ 葛飾区が30年構想

2020年6月17日 07時58分

川に囲まれた葛飾区。浸水しても日常生活を持続できる「親水の街」への試みが始まっている=本社ヘリ「まなづる」から

 「浸水リスクと賢く共生する親水都市へ」。海抜ゼロメートル地帯が広がる葛飾区が大規模水害を想定し、水害リスクに強いだけではなく、水辺の魅力も生かす街づくりを目指す。三十年先を見据えた長期戦略と、未来の都市像は−。
 「大変だったけど、この町会でも経験した人は少なくなっちゃったな」。東新小岩七丁目町会会長の中川栄久さん(84)は十一歳だった一九四七年、カスリーン台風に遭遇した。平屋の自宅は二メートル浸水し、屋根の上で二週間寝泊まりした。父親手作りのいかだを物干しざおで操り、進駐軍が届けるパンや水を取りに避難所と自宅を往復。母親と弟妹は隣家の二階に避難した。
 荒川や中川に囲まれた葛飾区は洪水や高潮のリスクがある。中でも奥戸・新小岩地区は「中川七曲り」と呼ばれる蛇行する川に隣接し、水害への意識も高い。
 区がこの地区を対象に練ったのが「浸水対応型市街地構想」だ。(1)広域避難できなかった住民が垂直避難できる場所の確保(おおむね十年後)(2)救助されるまで一〜三日程度、最低限の生活ができる場所の確保(同二十年後)(3)二週間程度、安全に避難できる場所の確保(同三十年後)の三段階を踏み、広域避難しなくても長期避難できるまちづくりを区全域で目指す。
 中川さんは「広域避難は限界がある。高台のような救助基地や垂直避難できる建物があれば自力で避難できない人も救える」と期待する。

◆住民らの議論が育む

 水辺の生活、娯楽を楽しめる親水性の高い街も構想の基軸の一つだ。「防災だけのまちづくりは長続きしない。川の恵みと脅威のバランスをとる発想が必要なんです」。構想にかかわった加藤孝明東大教授(都市計画)は指摘する。
 構想は行政主導ではなく、住民やNPOなどがまちづくりを議論する中ではぐくまれた。出前授業でカスリーン台風の記憶を語り継いでいるNPO法人「ア!安全・快適街づくり」の成戸寿彦理事長(79)は「海抜ゼロメートル地帯が広がるこの地域は運命共同体。命を守るための知恵を持ち寄る必要がある」と話す。

209の区有施設には緊急避難できる「洪水緊急避難建物」のピクトグラム(絵文字)看板がある。右は東新小岩7丁目町会の中川栄久会長=葛飾区で

 当面の課題は徒歩圏に垂直避難できる建物を増やすこと。区は都市再生機構(UR)や都営住宅などと協定などを締結。民間の集合住宅や商業施設も避難できる建物への改築・改修を促す。本年度は、そのための基準や助成制度などを検討する。目黒朋子都市計画課長は「自治体単独では財政的に厳しく、時間もかかるが、住民の理解を得ながら一歩ずつ進めたい」。
 加藤教授は「一定の浸水リスクを受容しながら防災だけではなく、総合的なまちづくりを進めることが重要。水辺に親しむイメージや魅力を高めて民間の需要を引き出すことや、国の政策的な後押しも必要だ」と訴える。

◆松尾一郎先生のミニ講座 行動すれば守れる命

 関東地方も梅雨入りとなった。日本近海の海面水温はいま過去三十年の平均値より3〜4℃高い。海水温が高いと暖湿気が供給されて大雨をもたらすことにつながり、台風も成長しながら上陸することにもなる。
 さらに記録的な大雨(一時間で百ミリ前後)が観測された場合に気象庁が発表する「記録的短時間大雨情報」がある。今年は一〜三月の間で十二回も発表された。過去七年で同じ時期での発表はわずか一回である。これまで以上に大雨に対する特別な警戒が必要な理由はここにある。二〇一八年の西日本豪雨、昨年の台風19号と、ひとつの大雨で百人以上の命を奪った水害が続いている。いずれも犠牲者のうち半数以上は高齢者であった。水害は地震などの突発災害と違って、あらかじめ適切に対応することで命を守れる災害である。
 三重県紀宝町では民生、児童委員が台風が襲来する前日までに、担当の要支援者を訪ねて避難先の確認を行っている。役場はそれに基づいて福祉避難の手配を早めに行い、お年寄りを災害から守っている。災害多発時代にあって、それぞれが役割を持って行動する社会は災害にも強いのである。(防災行動学・東大大学院客員教授)
 文・大沢令/写真・松崎浩一、大沢令
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