漱石(そうせき)と熊楠(くまぐす) 同時代を生きた二人の巨人 三田村信行著

2019年6月2日 02時00分

◆自由を求めた対照的な歩み

[評]長山靖生(文芸評論家)

 夏目漱石と南方(みなかた)熊楠はどちらも慶応三年生まれの、いわば同級生。翌四年は改元して明治となるので、二人は明治国家とともに成長していくことになる。近代日本の知的スターという共通点のある二人だが、本書は同時期のそれぞれのあり方や、近似するターニングポイントを巧みに捉えて、両者の人生の築き方の違いも浮き彫りにしている。
 そもそも二人とも旧家に生まれたが、変転激しい東京の夏目家は幕府瓦解(がかい)の影響を強く受け、和歌山の南方家には変化はゆっくり訪れた。子供の頃から優秀だった二人は、どちらも最高学府に向かうコースに進むが、関心の多様さもあって落第を経験。熊楠はそれを契機に帰郷し、漱石のほうは態度を改めて以後は首席を通した。
 また、二人とも一九〇〇年前後に英国に留学し人種差別を受けるが、その反応も対照的だ。熊楠は大いに吼(ほ)え、学術上の議論で相手を打ち負かすだけでなく、暴力的な態度をも辞さなかった。一方、漱石は沈黙して深く省察し、後の文学創造の礎としていく。
 帰国後、両者はともに本源的な近代批判へと目覚めていくのだが、その現れ方は違っていた。服装の好みも両極端だった。漱石はお洒落(しゃれ)だったが、熊楠は服装などには無頓着。これもまた制度の枠内に止(とど)まろうとする漱石と、そんなものは端(はな)から相手にしない熊楠の精神を反映しているようで面白い。
 とはいえ漱石もまた、作家になり、けっきょくはアカデミズムの枠からはみ出していくことになる。明治時代にあって「自由」であるためには強固な制度や組織からは一定の距離を取る必要があった。
 どちらかの生き方が「正しい」わけではない。人はそれぞれだ。生真面目な努力によって地歩を築くのも、型破りの活躍による空想的な学問の構築も、どちらが上とか下というのではなく、その両方が後世を生きる私たちに、目標とすべき示唆に富んだ大きな規範を提供してくれている。この二人がいたことで、間違いなく近代日本の文化は、より豊かなものとなった。
(鳥影社・1944円)
1939年生まれ。児童文学作家。著書『おとうさんがいっぱい』など。

◆もう1冊 

高橋昭男著『漱石と鴎外-新書で入門』(新潮新書)

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